石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

映画『月の瞳』感想

月の瞳 [DVD]

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エロくて綺麗なだけじゃない

たいへん美しく官能的な作品なんだけど、それだけでは終わらない深みのある映画だと思います。

「変化」あるいは「死と再生」

この映画のテーマは「変化」あるいは「死と再生」です。実は冒頭の数分間に、この作品の持つメッセージのすべてが集約されています。水の中でただよう主人公カミールの姿は洗礼を受ける幼児のようでも、これから生まれる赤ん坊のようでもあります。氷の下でもがくのは新たな世界に出て行きたくてあがく姿を暗示しているし、女性の手がカミールを支えていることや、犬に顔を舐められて目をさますことも、実は大切な伏線になっています。

あとは具体例を挙げてこのテーマを展開して行き、最後にもう一度さりげなくテーマに触れて終わるという、ほんとにわかりやすく親切な構成になっています。

「古い世界」と「新しい世界」の対比

この映画には、以下のように対をなして描かれているものがたくさんあります。

  • 氷(雪)の下と上
  • マーティンの授業とカミールの授業
  • カミールの服とペトラの服
  • 神学校とサーカス
  • "people like you"と"people like me"、あるいはそのように言う人と言わない人

これらは全て、「古い世界」と「新しい世界」の対比を指し示しています。そして、マーティンとカミールの授業風景が描かれるのは、ペトラ登場よりずっと前です。つまりカミールはペトラに口説き落とされてレズビアンの世界に足を突っ込んだのではなく、もともと新しい世界への変化のきっかけを持っていたわけ。ペトラとの出会いの後でも、実はごく早い時期にペトラを受け入れ愛していることが、さまざまなディテールからわかります。

たとえ自分では気づいていなくても、ペトラを愛してしまった時点でもう、カミールの「古い自己」は死んでしまっています。犬のボブのようにね。死んでしまった自分をひきずっているカミールがこの後どうなるのか、というのがストーリーの軸です。犬を使った見せ方が、とにかくうまいなと思いましたよ。

「変化」だの「死と再生」だのと言うと堅苦しいけれども、この映画が少しも重過ぎないのは、サーカスという幻想的な素材を使ったことと、女性二人が美しく官能的に撮られていることが大きいでしょうね。まるで、よく「鍛えられた体をやわらかな素材の服で包んである」というような印象の作品でした。

まとめ

美しいベッドシーンにハァハァするだけではなく、隅々までもっと深く味わうことのできる一品です。きちんと味わってこそ、最後の最後に流れるBGMの意味がわかるはず。エロいエロいと大はしゃぎして終わり、という男子小学生みたいな見方はいいかげんもうやめにしようよ。もったいないよ。