- 作者: 桜庭一樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/06
- メディア: 単行本
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「少女」なるものをユーモラスに描く作品
とても面白い本だったのですが、「名門お嬢様学校の、禁断の部屋へようこそ。」という帯の文句は煽りすぎかと。確かに舞台は名門女子校ですし、エス(または百合)関係も山ほど出てくるのですが、これはエス的な乳繰り合いそのものにウエイトをおいた小説ではなく、そういったものを内包する「少女」なるもののしょうもなさや残酷さ、そして愛らしさや聡明さをユーモラスに描いてみせた作品だと思います。美しいキャラも聡明なキャラもたくさん出てくるんですが、単にそのコたちを絡ませてうっとりして終わりじゃないところがよかったです。
代替可能な入れ物としての「王子」
この小説の舞台となる女子校「聖マリアナ学園」には、毎年高等部の上級生から投票でひとりの「王子」を選出するという習慣があります。で、下級生たちはこの「王子」に熱狂し、恋をし、目が合っただけで失神する、といった按配です。それだけなら「それ何て萌え設定?」という感じなのですが、このシステムに対するシニカルな分析がいいんですよ。以下、それぞれp. 11とpp. 32-33から引用します。
女生徒たちの多くは恋愛の夢のような部分に憧れながらも、現実の男性には強い嫌悪感を抱いていた。彼らからはやはり、異臭がしたからである。汗と脂の匂いが。精液の匂いが。薄汚れたロマンチックの匂いが。彼女たちはなによりそれを軽蔑した。そのため年頃の、抑圧された性欲を抱える女ばかりの楽園には、捌け口となる、安全で華やかなスターが必要であった。選ばれた一匹が雌の女王様になるように、学園には常に“偽の男”が一人いた。
青年たるもの。青年たるもの。われら少女の心の中にしかおらぬ、伝説の生き物。つまりは珍獣。紅子はそれになりきった。否、紅子の細いからだに、それが降臨した。それは少女たちの祈りによって聖マリアナ学園で生まれ肉体を持たず上空をむなしく彷徨い、入れ物たる少女のからだをみつけては降臨する、幻であった。少女たちに選ばれる王子とはつまり、その、代替可能な入れ物であったのだ。
代替可能な入れ物。百合またはエスで熱狂的に恋焦がれられる存在について、これほど的確な表現をあたしは他に知りません。考えてみれば、「王子」に限らず、「お姉様」や「妹」なんていうのもこれと同じですよね。「抑圧された性欲の安全な捌け口として、代替可能な存在に、現実には存在しないような都合のいい役割を演じさせる」という点で、1ミリたりとも変わらないと思います。
つまんない百合物って、入れ物に幻を降臨させて都合よく少女たちの性欲を満たして終わりじゃないですか。それって要するにただの公開オナニーショーであって、それ以上でもそれ以下でもないんですよね。その点、この『青年のための読書クラブ』には少女の抑圧された性を、ひいては少女性そのものを冷静に見通すまなざしがあります。しかも、それをただ貶して終わるのではなく、お話のバックボーンには少女性に対する愛がちゃんとあります(第五章あたりに顕著かと)。そこがもっとも面白かったところです。
その他面白かったところ
- 妹尾アザミというキャラクタ
- あの強烈な個性が他を圧倒しています。お話全部をつなぐキーパーソンといったところでしょうか。
- 烏丸紅子のプラグマティズム
- 「王子」に仕立て上げられる紅子が、「ぼくたちは限りなく精神的な存在なのです」とシナリオ通りのクサい台詞を吐きつつ、内心「なにが精神的であるものか」「わたしは女だ。女とは肉体なのだ」と考えているところとか。
- 漫画的な雰囲気
- 聖女マリアナの正体、扇の娘たちの行動、ブーゲンビリア騒動など、「どこの少女漫画だー!?」という感じなのですが、やっぱりとても面白いです。いっそ誰か漫画化すればいいのに。
- 文体とモチーフ
- 会話文が全て古い翻訳文学調(個人的には延原謙訳のシャーロック・ホームズ物を連想しました)で、かつ五つの章全てが何らかの文学作品をモチーフにしているところがユニークでした。これは読書クラブが舞台だからというだけの理由ではなくて、「乙女よ(そして青年よ)永遠であれ」という作品全体のテーマによるものではないか、と思います。
注意点
登場するキャラはほとんど皆「ぼく女」です。苦手な方は避けたほうがよろしいでしょう。ただし、これは、すべて計算ずくでなされていることだと思います。アザミをはじめとする第一章のキャラたちの一人称の変化に注目すると面白いかも。
まとめ
単に女のコたちをいちゃいちゃさせるだけの百合物ではなく、少女性そのものに対する冷静なまなざしと愛があるたのしい本でした。ちなみに少女同士の関係はほとんどが単なる「エス」ですが、「真性エス」(つまり、レズビアン)な人も出てきますよー。