石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ささめきこと(9)』(いけだたかし、メディアファクトリー)感想

ささめきこと 9 (MFコミックス アライブシリーズ)

ささめきこと 9 (MFコミックス アライブシリーズ)

展開はスローなれど、納得の最終巻。

女子高生同士のラブストーリー、最終巻。蒼井あずさのある気づきと、モダンで前向きなエンディングがよかったです。「百合は異性愛と違って特別すばらしい/美しい」的な上から目線の勘違い賛美に回し蹴りをくらわすかのごとき、爽快な1冊と言えましょう。展開は概してスローですが、その中で狂言回しとしての蓮賀さんがいい仕事をしており、メインカプ以外の恋の行方もていねいに追われていました。

蒼井さんの気づいたこと

冒頭にもちょっと書きましたが、展開がかなりスローなんですよこの9巻。お互い両想いだとわかっているのに何やってんだ、と途中までイライラしなかったと言えば嘘になります。しかし、学園祭のキャンプファイアーで蒼井あずさがあることに気づく場面がすばらしすぎて、そこまでのイライラなどすべてチャラになってしまいました。

小説家志望のあずさにとって、純夏と汐のカップルは作品のための大切なモデル。彼女はキャンプファイアーの夜までは、二人のことをこんな風に考えています(pp. 120-121)。

特別な才能
特別な輝き

高三にもなれば
ちょっと見えてくる
どうやら自分には
縁遠い

だからね
どうしても
これだけは

特別であって
ほしいのかも
しれない

どうか私の立ち会った
あの二人の
恋だけは と

同性同士の関係を一方的に「特別」枠に入れて持ち上げるという、言ってしまえばBL・百合界隈にしばしば見られる態度ですな。以前「BennettのDMISモデルでホモフォビアを分析してみる試み」というエントリで指摘した、「Reversal(反動)」というやつ。

しかしこの作品がすごいのは、このキャラが、別に純夏と汐のふたりだけが「特別」なわけではないのだと気づかされる場面。純夏と汐はキャンプファイアーを囲んで踊るカップルの一組に過ぎず、さらに言うならそこにいるたくさんの生徒たち、「くっそカップル多いなー」とつぶやいたり学園祭の終わりを惜しんだり、あくびをしたり何か食べたりしている生徒たちの一部に過ぎず、その生徒たちそれぞれが輝きを持った「個」なのだ……と、ことばで説明するとくどいんですけど、そういうことを一瞬で、絵の力でもってダイレクトに伝えてくるんですこの漫画。

いや、厳密に言うと、絵+オノマトペの力かも。小説を書くためキーボードを打つ音と、蒼井さん自身の鼓動とが重なって、このアルキメデスの「エウレカ(Eureka)!」のごとき発見の瞬間をこれ以上なく盛り立てて行くんですな。メタ言語はいつだって言語より強力なメッセージ性を持つものなので、これは実にうまい演出だと思いました。

なお、あずさの気づきはこの直後、他の生徒たちの会話でさらに裏打ちされていきます。純夏と汐のつき合いをトピックとする会話について女子生徒がさらりと

普通に恋の話でしょ?

と言ってのける場面(p. 130)のなんと爽快なことか。これですよこれ。好きになる相手のジェンダーが何であろうと、いや誰も好きにならなかろうと、人間はみなそれぞれ特別で、かつ普通なのよ! カテゴリーによって「特別」だとか、そうでないとか、そんな風にステレオタイプ化するのはクッソ失礼だし無意味なのよ!

百合漫画でここまで踏み込んだ展開が見られるとはうれしい限り。「百合とは同性愛者の苦悩を楽しむジャンルである(だから同性愛者に失礼)」みたいなことをおっしゃる自称百合好きさん、観測範囲がちょっと狭すぎないですか?

モダンで前向きなエンディング

つい先日『星川銀座四丁目(3)』(玄鉄絢、芳文社)のレビューで「PC(ポリティカリー・コレクトネス)的な観点からは古さを感じる」と評した問題が、この作品ではすっきり解決されていました。現代のLGBT事情をとらえた上での肯定的なエンディングが、たいへん楽しゅうございました。

最後まで読んでからもう1度読み返すと、汐のおばあちゃんのこの台詞(p. 100)がさらに深い意味を持って響いてきます。

ちょっとぐらいずれてたって 世の中は意外と広いよ

自分が中高生のときにこの本を読みたかったなあ。

その他いろいろ

完結巻だけあってたくさんのサブキャラたちの動向や恋のゆくえも描かれるのですが、狂言回しとしての蓮賀さんが随所で実にいい仕事をしていました。おまけまんが「大蛇足の1」は、そんな彼女のあまりの有能っぷりをギャグとしてメタ視しており、そこも楽しかったです。

まとめ

最終的に「差別に負けない恋ってスゴイ♥」でも「同性同士の恋は特別♥」でもないところにきれいに着地してくれて、たとえようもなくうれしい最終巻でした。シリーズとしての『ささめきこと』はメインカプのすれ違いが延々と続く上にホモフォビックな中傷のシーンもあり、さらに「主人公、半笑いで異性愛主義に迎合」てな展開もあるため読んでてときどきつらかった(レビュー書きを再開してもすぐに9巻を読まなかったのは、それが理由だったりします)のですが、これですっかり「終わりよければすべてよし」な気分に。ようやく感想が書けて、2年越しの宿題が終わったようで、今なんだかとてもほっとしています。