石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ささめきこと(5)』(いけだたかし、メディアファクトリー)感想

ささめきこと 5 (MFコミックス アライブシリーズ)

ささめきこと 5 (MFコミックス アライブシリーズ)

守りに入る(そして苦しむ)純夏と汐

長身空手少女「村雨純夏(むらさめすみか)」とカワイイ女のコ好きな「風間汐(かざまうしお)」の女子高生同士のラブストーリー、第5巻。前巻での過去話も終わり、時制はふたたび現在形に戻ってます。3巻での強烈な行き違いが尾を引き、それぞれが自分に嘘をついて守りに入る(そして苦しむ)というのが今回の大筋で、いわば「魚の小骨が喉にひっかかったまま、2人とも必死でごはんを飲み込み続けるの巻」だと言えましょう。読みながら「さっさと先に進め」とやきもきするもよし、メインカプの痛みにマゾヒスティックに共感するもよし。2人のつらさを表現しまくる絵の力が相変わらず素晴らしく、また、朋絵をはじめとする脇キャラたちの活躍もよかったです。

喉の小骨が取れません

「小骨」というのはつまり、3巻での純夏の号泣シークエンスのことです。あれがきっかけとなって、純夏と汐の両方が自分の気持ちを否認し続けるというのが、今回の展開。大きな進展なしで2人してぎくしゃくし続けるという内容なので、見ていて胸が痛むというより胃が痛くなる1冊ではあります。個人的にはもう少し展開が早い方が好みなため、途中でイライラしなかったと言えば嘘になるかも。

ただし、脇ルートを刈り込んで物語をメインルート1本に絞り込んでいる点や、純夏と汐がそれぞれ現在の自分の駄目さを鮮やかに自覚する場面が用意されている点などから、お話は停滞しているのではなく、もがきながらも先に進んではいるのだと思います。そのへんに希望を見いだしつつ、あえてじっくりと腰を据えて2人の痛みに寄り添ってみるというのがこの巻の醍醐味なのかもしれません。

絵がすばらしかったです

『ささめきこと』の単行本は常に「表紙がすべてを物語る」というつくりになっているのですが、この巻もやはりそうです。今回、表表紙(おもてびょうし)では1巻以来初めて汐がひとりで登場し、裏表紙には空手部で使う防具の絵があしらわれています。これはメインカップルがそれぞれひとりになって守りに入ってしまう巻であることの象徴なのではないかとあたしは受け取りました。嘘という防具で心を固めても本当の気持ちは胸の内側から容赦なく胸郭を叩き、痛くて苦しくて仕方がない、という本編の展開を暗に示す表紙だと思います。汐の表情が、また深いんですよ。純夏に「その笑顔は違う――」と見破られてしまう、あのぎこちない微笑みなんです。

ちなみに本編中のキャラたちの表情も、表紙のそれに負けず劣らず雄弁です。いや、表情だけでなく画面構成そのものがうまいのだと思いますが、シンプルな線で多くの内容をズガンと伝えてくるテクニックに圧倒されまくりました。たとえばpp. 130 - 131の夜道を歩くシークエンスなど、台詞がたったふたつしかないにもかかわらず、おそろしくたくさんのものが伝わってきますよね。漫画という表現媒体の長所を最大限に生かした、非常に面白い2ページだと思います。

脇キャラたちもよかったです

相変わらず朋絵の観察眼の鋭さに舌を巻きました。「あれはもう恋なんかじゃない」(p. 93)発言にはたいそう納得。新キャラ「まゆちゃん」のまっすぐさと、そんなまゆちゃんをフォローする「コイちゃん」のしっかり具合が、お話を前に進める駆動力としてうまく機能しているところもよかった。アケミちゃんだけは気の毒でしたが、ドロシーさんの言葉を胸に強く生きていってもらいたいものです。

まとめ

切ないとかもどかしいとかを通り越して、もはや胃がでんぐり返りしそうにじれったい巻でした。が、とりあえずここは四の五の言わずに純夏と汐の苦しさに寄り添っておくというのが、この巻の正しい楽しみ方なのかもしれません。恋の行方以外の面では、キャラの心情をぐいぐい伝えてくる絵の力が相変わらず素晴らしく、サブキャラたちも魅力的で、漫画としてとても面白い1冊でした。