石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『カレンダー・ガール』(ステラ・ダフィ[著]、柿沼瑛子[訳]、新潮社)感想

カレンダー・ガール (新潮文庫―タルト・ノワール)

スタイリッシュなレズビアン・ミステリ

ロンドンのレズビアン探偵、サズ・マーティン・シリーズ第1作。失踪人を追うサズの物語と、傷心のレズビアン、マギーの物語が交互に綴られ、やがて1つの真相が見えてくるというクールでスタイリッシュな小説。ミステリとしても悲恋物語としても楽しめます。

抑制のきいた筆致です

レズビアン・ミステリだけどローレン・ローラノ・シリーズのようなマイノリティ目線の主張は少なく、失恋ものでありつつ『ドロレスじゃないと。』(サラ・シュルマン、マガジンハウス)風のベタベタ感はない……という、独自のさっぱりした作風がユニーク。飲み物に喩えるなら、まるでサズがよく飲むジントニックのようにきりりと引き締まった文体・構成なんですよ。それでいて笑いやアイロニーもほどよく効いているし、アクションやレズビアン・テーマも過不足なく書き込まれています。

ミステリとしての『カレンダー・ガール』

単なる失踪人探しと思われたサズの仕事が、どんどんタイトロープな展開になっていくところがよかったです。銃をつきつけられての絶体絶命のピンチや、そこから抜け出すサズの機転など、何度読んでもドキドキします。キンジー・ミルホーンのように、おばさんの形見のメーカーもわからない中古銃で戦う(今はもう買い換えてるみたいですけど)ヒロインも、エヴァ・ワイリーのように強い肉体で戦うヒロインも好きですが、ささやかな小道具ひとつで危機を切り抜けるサズ・マーティンだって負けてませんよ。サズのレズビアン仲間にさりげなくワトスン役をつとめさせ、調査の進展をわかりやすくするという工夫もよかった。

失恋小説としての『カレンダー・ガール』

第2作『あやつられた魂』(新潮文庫)の訳者あとがきによると、この『カレンダー・ガール』はもともと悲劇的なラブストーリーのつもりで書き始めた作品なのだそうです。さもありなん、とマギーの章を読みながら思いました。シリーズの主人公こそサズでも、この作品のメインプロットは実はマギーの章の方であるように感じられます。つまり、ダークでほろ苦いマギーの物語が、アクション多めのサズの物語(サブプロット)と出会うことで解決策が見つかり、1種の救済が提示されるという構成になっているわけ。2本の糸がどこで交わるのかという緊張感が読者を引きつける上に、結末の切なさもきわだつ、うまいやり方だと思いました。

レズビアン要素もリアル感たっぷりです。読み始めてわずか8ページ目で、もうこんな台詞が出てくるぐらい。

「レズビアン・バージンはもうたくさん。カミングアウトするように説得するのも、仕事で悩む相手を抱きしめて慰めるのも、もうこりごり。レズビアンとして目覚めさせた責任なんて取れない。もう二度と誰かさんの『初めての女』になるのはまっぴら」

性愛描写やレズビアン・コミュニティの描き方なども「あるある」感いっぱいで、楽しめました。

まとめ

女性探偵が主人公でありながら余計なべたつきがない、上質のミステリでありラブストーリーでした。レズビアン要素も的を射ているし、何より結末のひっそりとした切なさがすばらしい。既に手に入れにくい作品となっているようですが、お見かけの際にはぜひご一読を。

カレンダー・ガール (新潮文庫―タルト・ノワール)

カレンダー・ガール (新潮文庫―タルト・ノワール)