Stonewall / Photographing Travis
1969年の歴史的事件「ストーンウォールの反乱」を描く映画『ストーンウォール』が、反乱の中心にいた有色人種やトランスの人々を無視し、シスジェンダーのイケメン白人ゲイ男性をヒーローに仕立て上げてしまいました。ボイコットには既に2万人が署名。
詳細は以下。
Stonewall Movie Erases Trans Women And Black Drag Queens From History | Planet Transgender
ローランド・エメリッヒ監督によるこの映画は、1969年6月28日にニューヨーク市のゲイバーで起こった暴動「ストーンウォールの反乱」(Stonewall riots)を題材としたもの。カンザス州出身の架空の白人ゲイ青年「ダニー」(ジェレミー・アーヴァイン)を主人公に、ゲイ解放運動のさきがけとなったこの事件が描かれます。
実際のストーンウォールの反乱は、警官たちからの嫌がらせに近い「手入れ」に怒った客たちがレンガや瓶、硬貨などを投げつけて抵抗したのがきっかけで起こりました。抵抗の口火を切ったのは黒人ドラァグクイーンのマーシャ・P・ジョンソンさんと、プエルトリコ系のトランスジェンダー女性シルビア・リベラさんだと言われています。当時の新聞(1969年7月6日付The New York Daily News)の報道では、反乱の始まりは以下のように形容されています。
群衆は手に負えなくなり始めた、と目撃者はいう。それから何の前触れもなく、「オカマ・パワー」がゲイの怒りの原子爆弾となって爆発した。オカマ(訳注:英語では"queen"、『女王』と同じ単語です)と王女と侍女たちは、磨いてマニキュアをほどこした爪でつかまえられるものなら何にでも飛びかかりはじめた。ヘアピン、コンパクト、カーラー、口紅など、魔性の女のミサイルが警官たちに向かって飛んでいった。戦争だ。谷間の百合はジャングルの食肉植物となった。
The crowd began to get out of hand, eye witnesses said. Then, without warning, Queen Power exploded with all the fury of a gay atomic bomb. Queens, princesses and ladies-in-waiting began hurling anything they could get their polished, manicured fingernails on. Bobby pins, compacts, curlers, lipstick tubes and other femme fatale missiles were flying in the direction of the cops. The war was on. The lilies of the valley had become carnivorous jungle plants.
時代が時代なので表現こそかなり差別的ですが、とりあえずどこをどう見ても「マッチョなイケメン白人男性が戦いの火蓋を切った」とは読み取れませんよね? 実際、当時その場にいた人々からも、そのような証言は出ていないはず。
では、これを映画『ストーンウォール』はどう描いたか。トレイラーをごらんください。
何なのよあの白人ゲイ男性「ダニー」のヒーローぶりは!? 誰だよあれ!?
このトレイラーを見たLGBTピープルの反応はこちら。
反応の中に出てくる単語についてちょっと補足すると、まず「ミス・メイジャー」(Miss Major)というのは、ストーンウォールの反乱に実際に加わっていたトランスジェンダー女性。米ハフポストによると、現在73歳の彼女はこのトレイラーを見て「またホワイトウォッシング(非白人の文化を白人文化で塗り替えてしまうこと)だよ」「あたしたちが存在していたことさえ消されてしまうんだ」と語っているそうです。
また、「ブッチなレズビアンたち」(butch lesbians)というのは、その日ストーンウォール・インにいたはずの、「ブッチダイク」「ストーンダイク」と呼ばれる男っぽいレズビアンたちのこと。代表的なのは「ゲイ・コミュニティーのローザ・パークス」と呼ばれるStormé DeLarverieさんで、彼女が警官から顔を殴られ、14針も縫うほどの怪我をしたことが、この日の蜂起のきっかけになったという説があるんです。AfterEllenによれば、Curve Magazine2008年1月号のインタビューで、彼女はこんな話をしているそうです。
「そこで(警官は)『立ち止まるなと言ったんだ、オカマ野郎』と叫びました。わたしが男だと思ったのでしょう。わたしが拒否すると、警官は警棒を振り上げ、わたしの顔を殴りました」。群衆が奮起し、何でも手に入るもので警官たちに攻撃し始めたのはそのときだと彼女は言った。
”[The officer] then yelled, ‘I said, move along, faggot.’ I think he thought I was a boy. When I refused, he raised his nightstick and clubbed me in the face.” It was then that the crowd surged and started attacking the police with whatever they could find, she said.
ひょっとしたらトレイラーの中で警官に後ろから抱えられて"Help me!"と叫ぶ短髪女性がDeLarverieさんに相当するキャラなのかもしれません。しかし、このキャラは少しもブッチに見えないし、実際のDeLarverieさんは警官に殴られた後、拳で反撃して流血ものの怪我をさせているはず。こんな一種の「ダムゼル・イン・ディストレス」状態ではなかったはずなんです。「まさか、ダニーのヒーロー性を強調するため、ブッチ・レズビアンを単なる弱っちいキャラに改変してしまったのでは」という嫌な予感がしてきます。
このように見てくると、トレイラー内にこんなキャッチコピーが挿入されているのは、何かの冗談だとしか思えません。
勇気で壁を打ち壊した、名もなきヒーローたちの実話から着想を得た作品
INSPIRED BY THE INCREDIBLE TRUE STORY OF THE UNSUNG HEROES WHOSE COURAGE BROKE DOWN WALLS
少なくともこのトレイラーを見る限り、この映画は名もなき実在ヒーローたち(有色人種、ドラァグ、トランス、レズビアン等々)の功績を非実在シスジェンダー白人男性の手柄にすりかえ、コミュニティー内の壁をさらに強化しているようにしか受け取れません。もちろんわずか2分強のトレイラーだけで映画全体について判断することはできませんし、エメリッヒ監督は「この映画にはドラァグクイーンもレズビアンも、何もかも入っている」と主張してはいます。最終的な判断は、作品が封切りされてからということになりますが……見たいか、これ? プロモーションのセンスがこんななのに?
『ストーンウォール』は2015年9月25日に米国公開予定。同作品のボイコットを呼びかけるキャンペーンには、8月13日現在で既に2万人以上が署名しています。SNSではハッシュタグ#NotMyStonewallを使用した批判も盛ん。日本で公開されたとして見に行くかどうか、あたしはまだ迷っています。