石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

遅咲きレズビアンのスクリューボール・コメディ〜『マンハッタン恋愛セラピー』感想

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ウィットに富むコメディ

Netflixで視聴。レズビアンだという自覚がないまま兄の婚約者に恋してしまった主人公、グレイ(ヘザー・グラハム)の悪戦苦闘を描くスクリューボール・コメディ。今見るとちょっと古いところもあるけれど、キャラたちの変人ぶりや機知に富む台詞が面白く、「遅れてきたゲイ思春期もの」として十分楽しめる作品でした。

3人が3人とも変人

「仲良し兄妹が同じ女性を好きになる」という三角関係の形こそ取ってはいても、これはロマンスよりもドタバタ喜劇に比重をおいた話だと思います。そもそもオープニングで『トップハット』の「チーク・トゥ・チーク」が流れ、グレイと兄サム(トム・キャヴァナー)がまるで恋人同士のようにボウルルームダンスを踊りまくるあたりからして、「これはエキセントリックな人たちがクレイジーなことをする、ちょっとレトロ感ある喜劇です」という宣言ですよね。実際、いい歳をして一緒に住み、歯ブラシまで共有するこの兄妹の仲良しっぷりは周囲をドン引きさせるほどだし、途中から話に現れ、サムと電撃的に婚約する女性チャーリー(ブリジット・モイナハン)も、今ひとつ何を考えているのかわからないヘンな人だったりします。この奇矯な3人が当意即妙の会話で面白おかしく物語を駆動させていくというのが、この映画の基本スタイルです。固有名詞満載のギャグや、グレイが食べ物を注文する場面の繰り返しギャグなど、笑いどころは盛りだくさん。

そうは言ってもこの映画にはグレイとチャーリーのキスシーン(大変よかった)もあれば女2人で泡風呂に入ってシャンパンを楽しむシチュエーションなどもあり、グレイの悶々もたっぷり出てきて、つまり恋愛要素も豊富に詰め込まれてはいます。ローラーコースター状態のグレイの恋がどこに着地するかを見届けるのは、この映画を見る大きな楽しみのひとつです。ただ、特に後半以降を見るとよくわかるのですが、このお話でもっとも大事なのは「チャーリーがグレイを愛するか」ではなく「グレイがグレイ自身を愛せるか」。純然たるラブストーリーというより、遅咲きレズビアンの自己受容の過程をドタバタ喜劇のかたちで描いたお話と受け止めた方が正確だと自分は思いました。

「ゲイ思春期」の描写もよかった

グレイのまだ同性愛者だという自覚もないうちからチャーリーにぐいぐい惹きつけられてしまうところや、自分の恋情に気づいてからのパニックぶり、吹っ切れて行動に踏み切ってからのすったもんだなど、どれもいちレズビアンの目から見て懐かしく、かつ身近に感じられるものでした。いみじくもサムが作中でグレイに告げる通り、これって「ゲイ思春期」の話なんですよ。ドラマ『スーパーガール』S3のクロスオーバー・エピソードの感想でもちょっと書いたけれど、遅咲きのゲイやレズビアンはいい大人になってからもう一度思春期をやり直さなければならないもので、そのあたりの試行錯誤がうまいこと物語化されていたと思います。

40年代ミュージカルコメディ的な歌やダンスの場面も、歌詞を見ればこれらの曲が単なる賑やかしとして使われているのではないことがよくわかるようになっています。たとえば、チャーリーへの想いを押し殺しているグレイがラスベガスでのバチェラレット・パーティーで熱唱する”I Will Survive”は、「チャーリーがそばにいなくてもわたしは大丈夫、死なない」と自分で自分に言い聞かせるカラ元気の現れ。また、グレイとチャーリーがペアで踊る曲”I Won’t Dance”も、グレイの内面を表しています。あれは男女のデュエット曲で、踊ろうと誘う女に男が「踊ったら恋に落ちてしまう」と断り続けるという歌詞なのですが、この場面では女性パートも男性パートも両方ともグレイの心の声だと解釈できます。つまり「女」が新しいグレイ、同性愛者としてのグレイで、「男」は自分の性的指向を否定したがっている旧いグレイなんです。スーツ姿のヘザー・グラハムがこんなシチュエーションでブリジット・モイナハンと踊りまくり、しまいに見つめ合いながらディップ(パートナーの背中を支えてのけぞらせる決めポーズ)を決めるだなんて、どんなlesbian catnipよ。この場面のためにだけDVD買っても惜しくないわよ。いやもうとっくの昔に買ってあるけどDVD。

そうそう、グレイの同僚、キャリー(モリー・シャノン)の名台詞により、グレイの苦しみはゲイ限定の悩みではなく、誰にでもある自己受容の問題と地続きなのだとわかるようになっているところもよかったです。あたしはストレートの観客が他人事としての「同性愛者であるがゆえの悩み」なるものを眺めてキャッキャとはしゃぐために作られたドラマが嫌いなんですが、これはそういうタイプの作品では全然ないと思います。

でも、このあたりは引っかかる

終盤でのブッチなレズビアンの扱いがけっこうひどいところと、アラン・カミング演じるスコットランド人タクシードライバーがあまりにご都合主義的なお助けキャラ(アラン・カミングは白人だけれど、『社会的地位が低くてエキゾチックなアクセントで喋るキャラが、自分の欲求より主人公の欲求を優先させ、不思議な洞察力で助けてくれる』という点ですごく『マジカル・二グロ』っぽいと思う)であるところはどうかと思いました。どっちもろくろく人間扱いされてない気がするし、特に前者に関しては、仮にもそのままの自分をまるごと受け入れようと説く映画で「若い美人のフェム以外のレズビアンは無価値」というハリウッドの)ヒエラルキーに平気で迎合する意味がわかりません。ただこれ2006年の作品なので、この作品が単体でダメというより、そのあたりの感覚が今より11年分古いととらえた方がフェアかもしれないとは思います。ドラマや映画でのポジティブなブッチダイク像は今でも相変わらず少ない*1ものの、それでも『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(2013〜)以降、社会の認識が変わってきているとリア・デラリアも言ってました*2し。

まとめ

いささか脇が甘いところはあるものの、エキセントリックなレズビアンのカミング・オブ・エイジものとして十分楽しめる作品だと思います。レズビアン以外にも敷衍できるポジティブなメッセージがあるところも好印象だし、何より、ヘザー・グラハムが! ヘザー・グラハムがレズビアンモテ間違いなしのスーツ姿で踊ったり綺麗なお姉さんとキスしたりレスビアンバーに繰り出したりしているだけで、5点満点で星5つですよ。気軽に観られるいわゆるポップコーン・ムービーとしておすすめ。

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*1:Where are all the butch lesbians on TV and film? - AfterEllen

*2:Reinholdtsen, R. & Webstee, B. (2016). Dinner Party; Going to Prison [Television series episode]. in Wolf, B., Handler. C. & Murphy, S. (Executive Producer), Chelsea. Los Gatos, CA: Netflix. Retrieved from https://www.netflix.com/jp/title/80049872