石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

エリカ・リンダーのファンビデオみたいなソフトポルノ~映画『アンダー・ハー・マウス』感想

アンダー・ハー・マウス [DVD]

肌色多め+よくある関係+ドリーミーなオチ

北米版DVDにて鑑賞。肌色多めの画面でひたすらエリカ・リンダー(Erika Linder)の半裸姿とセックスシーンを追う作品でした。ストーリーらしいストーリーはなく、「現実世界でよくある展開+めったにないドリーミーなオチ」というちょっと不思議な構成になってます。

よくある組み合わせなふたり

レズビアンの屋根ふき工、ダラス(エリカ・リンダー)はヤリヤリのブッチ。ある晩バーで知り合ったファッション誌編集者、ジャズミン(ナタリー・クリル/ Natalie Krill)をかなり強引に口説くも、ジャズミンは男と婚約中だった。ダラスと情事を重ねつつ、男とはそのまま結婚したくてメソメソ泣くジャズミン。さあふたりの明日はどっちだ……てなお話なんですが、これ、ダラスの中性的な美貌を抜きにすれば、現実世界にものすごくよくある風景だと思います。よく言えばリアル、悪く言えば退屈。

特にジャズミンの言動がありきたりすぎて全然魅力的に見えないところが残念でした。ひょっとしたらジャズミンのとまどいや涙は、「規範通りに男を追いかけてきて、ふと脇見がしたくなった女性」ぐらいの立場から見れば共感しやすいものなのかもしれません。しかし、スレたいちレズビアンのあたしの目には、彼女はただの陳腐きわまりない「女に欲情しつつもヘテロ特権は手放したくないダダコネ女」にしか映りませんでした。佃煮にするほどいるでしょ、ああいう人。ほら、スージー・ブライト(Susie Bright)もこう書いてるぐらい(以下、『スージー・ブライトのレズビアン作法』(第三書館)p.184より引用)。


「ストレート、わあ、いやだ!」

ある年期の入ったレディー・ラバー(レズビアン)はいう。

「あたしは、ガールズ・バーからよりも、ストレート・バーからの方がずっとあばずれ女を誘い出したわ」

「彼女たちは、いつだって、あたしにモーションをかけてくるよ」
別のレディー・ラバーは強調する。

「これが典型的なパターンよ。こういうわ。『こんなことがあり得るなんて、ちっとも知らなかった……』って」

「――そう言っといて、あんたを捨てる」

別のベテランが口をはさむ。

「だから、それをいつも頭に入れとくことを心得てること」

ちなみに本作品のジャズミンは一応ストレートではないらしいということになっているのですが、そのあたりの説明はほぼ長台詞に頼りきりで、あんまり感心しませんでした。ネイルを使った演出も、彼女がダラスのようなマニッシュなタイプに惹かれることと整合性がとれないような気が。

一方、ダラスの方もわりと古典的な女たらしタイプで、キャラの成長や変化もほとんど描かれていません。そのこともあってか、全体的に盛り上がりどころがあまりない話になっていたと思います。結局のところ、女性同士の恋愛/性愛関係によくあるなりゆきをスクリーンに落とし込むことには成功している反面、ストーリーらしいストーリーは特にないというのが本作品の限界なんじゃないかと。同じ「男性婚約者のいる女性をレズビアンが寝取る」という物語なら、『四角い恋愛関係』や『月の瞳』の方がはるかに起伏もあり、丁寧に作られていたと思います。

ただ、『アンダー~』がユニークなのは、結末だけ急にリアルというよりむしろファンタジックになっているということ。わりと飛躍のあるまとめ方ではあるものの、かつて迂闊にもジャズミンのようなタイプに手を出してしまったことのあるすべてのレズビアンの「そーうだったらいいのにな」という合唱が聞こえてきそうな展開で、嫌いになれませんでした。こういう作り方は全然ありだと思います。

肌色画面をどう受け取るか

何がすごいってこの映画、91分しかないのにダラスが女と寝るシーンが軽く8か所ぐらい出てくるところ。おまけにダラスは部屋でひとりでいるときまで上半身裸だったり、せいぜいブラとパンツ姿だったりで、ひたすら画面の肌色面積が多いこと。もはやエリカ・リンダーファンのためのソフトポルノだと言っても過言ではないぐらい。

それらのセックスシーンが意外とよくできているところが面白かったです。シーツの下でごそごそするだけのなまぬるいシチュエーションでも、かといって男性向けAV的などぎつい局部アップの羅列でもなく、キャトリン・モラン(Caitlin Moran)がHow To Be a Womanで形容した(p. 38)ところの「相手の姿を見ただけで瞳孔が開いちゃうぐらい夢中で、互いに骨まで溶け合ってしまいたくて、ドアが閉まるや否や相手の服を食べちゃいそうな勢いでひきはがす」ような欲望が十二分に表現されていたと思います。「路地裏で立ったままで」とか「相手を膝の上に座らせて」など状況設定がいちいちリアルで多彩な(いやもちろんベッドの中でもしてるんだけど)ところもいい感じ。ストラップ付のお道具が当たり前に出てくる一方、別にそれに頼り切りでもないところや、トリバディズム(tribadism)はあれどそれがヘテロの脳内にしかないような妙なシザリングポジションで描かれていないところも好印象でした。エイプリル・マレン(April Mullen)監督はこの作品のセックスシーンについて、男性が脚本を書いたり、男性が監督したり、男性の観客を狙って作られたりしているような表現とは違う本物の女性像が撮りたかったと話していますが、ほぼその狙い通りの作品になっていると思います。

ただひとつひっかかったのが、ジャズミンの自慰の描写。あの場面だけは、漫画『アラサーちゃん』で言うところの「AVではカメラに女優の体が映りやすくするためにやるけど、誰に見せるわけでもない実際のセックスでは一切意味のないスキル」の匂いが漂っているような気がしました。あの状況で、わざわざあんなアルダプールヴォッターナーサナ(ヨガのポーズです)みたいな姿勢をとってソロプレイって、するか? 単に観客にナタリー・クリルの体を見せつけるためだけのコリオグラフに見えちゃうよ。

そんなわけで本作品における肌色描写は、

  • 女性目線の、かなりよくできたレズビアン(ソフト)ポルノ
  • とにかくエリカ・リンダーの裸を見ていたい人に最適
  • 男目線ではないオカズが欲しい方にもよさそう
  • ただしジャズミンの自慰シーンは評価が分かれそう

……だと自分は感じました。ストーリーラインが弱い以上、肌色部分が最大の売りの映画だと言っても過言ではないので、あとはこれらが合うか合わないかでしょうね。

まとめ

ストーリーの起伏やひねり、気の利いた会話などを楽しみたい人にはまったく向かない映画ですが、エリカ・リンダーの美貌や腹筋をひたすら眺めていたい人や、女性目線で描かれた女性同士の官能シーンをたくさん鑑賞したい人には良い作品だと思います。自分の中では名作というより怪作の箱に入る一本かな。

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