カルバン・クラインがNYに出したビルボード(巨大看板)に、黒人トランス女性のプラスサイズモデルで、俳優で、レズビアンのジャリ・ジョーンズ(Jari Jones)が登場。大いに話題になっています。
詳細は以下。
まずはジャリ・ジョーンズ本人のTwitterアカウントから、ビルボードの写真や本人の感想などをどうぞ。
Today, on #JUNETEENTH2020 a Fat Black Trans Woman Looks over NEW YORK !!! 😭😭😭😭 #BlackTransLivesMatter #BlackLivesMatter #ProudinMyCalvins @CalvinKlein pic.twitter.com/Kvth3oCXw4
— Jari Jones (@IAmJariJones) June 19, 2020
Sharing This Moment with the world!! Seeing my @CalvinKlein billboard for the first time!!! DREAMS ARE FOR EVERYONE !! Thank you Dom xoxo #BlackTransLivesMatter #BlackLivesMatter #TransIsBeautiful pic.twitter.com/Bvzi1VWDzj
— Jari Jones (@IAmJariJones) June 21, 2020
ジョーンズはInstagramのキャプションでもとてもいいことを言っています。ごく大雑把に前半だけ訳すと、こんな感じかな。「聞いた話だけど、人生には世界中の人から『そんなの絶対無理!』って言われたことを忘れさせてくれるような瞬間ってものがあるらしい。そういう瞬間が存在して、私たちが社会に何度も何度も打ち負かされそうになってるとき、回復するための力になってくれるらしい。(中略)私はその瞬間をずっと探しつづけてきて、もう探し疲れちゃった。だから自分で作ることにした。自分のためじゃなくて、次のドリーマーで、はみ出し者で、クィアで、トランスで、障がい者で、太っていて、輝く瞬間を待っている星明かりのかけらのために」。
この看板は、カルバン・クラインが今年のプライド月間に向けて始めた"Proud in my Calvins" という新キャンペーンによるものなのだそうです。このキャンペーンについては日本語圏でも報道されているからそれを読んでもらえれば早いんだけど、上の方でリンクを張ったClarínの説明も、チクリと皮肉が利かせてあって面白いです。「総勢9名が、LGBTQI+のプライドをアピールするためのスターとしてこのブランドに選ばれた。このブランド、つい最近まで金髪の人や、白人や、とても痩せている人しか出してこなかったんですけどね」とか書いてあるんですよ、ははは。ともかく、そんなこんなでトランスでクィアでレズビアンというアイデンティティを持つジャリ・ジョーンズが9人のうちのひとりに選ばれ、ブランドの顔になったというわけ。おめでとう、おめでとう!
もちろん、このレイシズムやファット・シェイミングやLGBTQフォビアがはびこる世の中では、彼女の成功を喜ぶ人ばかりではありません。ソーシャルメディアにはけっこうひどい誹謗中傷も飛び交っています。たとえば「アドリアナ」と名乗るTwitterユーザなど、容姿自慢なのかジョーンズと自分の写真を「写真1」「写真2」としてわざわざ並べた上で、「トランスジェンダー女性で、黒人で、レズビアンで、プラスサイズモデルで、活動家」のジョーンズがカルバン・クラインの顔に選ばれたのに、「『ナチュラルな』(訳注:ほんとにこう書いてんのよ!)女性で、異性愛者で、ベネズエラ人」な自分が「共産主義下で生きてて、食べ物を買うための賃金を手に入れるのがやっと(なのはどういうわけだ)」と嫌味を言ったりしています。もっともこのツイート、ジョーンズ本人から「ベネズエラみたいな美しい国があんたみたいなゴミを我慢しなくちゃいけないなんて気の毒」と返された上に、同じベネズエラ人を名乗る第3者からこんな風に言われたりもしてますけど。
FOTO 3: Yo, hombre, marico, Venezolano, vivo en comunismo, no me siento a criticar el éxito ajeno para justificar mi frustración, no achaco a otros mi fracaso, no me siento superior por mi identidad sexual, me alegran las personas como Jari, me la sudan las personas como Adriana. pic.twitter.com/ZHaIWTILy7
— Marcial🥀 (@LittleMarcial) June 26, 2020
面白いから全文訳すわ。
写真3:ぼく、男性、オカマ、ベネズエラ人、共産主義下で生きてる、自分のフラストレーションを正当化するために他人の成功のあらさがしをしようとは思わない、自分の失敗を人のせいにしない、自分の性的アイデンティティーを理由に優越感を持ったりしない、ジャリのような人たちを見るとうれしい、アドリアナみたいな人たちのことは屁とも思わない
FOTO 3: Yo, hombre, marico, Venezolano, vivo en comunismo, no me siento a criticar el éxito ajeno para justificar mi frustración, no achaco a otros mi fracaso, no me siento superior por mi identidad sexual, me alegran las personas como Jari, me la sudan las personas como Adriana.
拍手。
ちなみに日本のTwitterユーザの中に、カルバン・クラインのこの看板について「従来のタイプのモデルが仕事を奪われている」みたいな文句を言っている人も見かけましたけど、どう考えても話が逆だと思います。メインストリームの広告がずううううっと「金髪の人や、白人や、とても痩せている人」の表象で埋め尽くされて、それ以外のモデルの仕事が奪われていた*1ところに、ようやく金髪じゃない、白人じゃない、プラスサイズの人「にも」ちょっとだけ仕事が回って来始めているのが今という時代でしょ。いや、厳密にいうとプラスサイズモデルなんて、2013~2018年のNY、パリ、ミラノのファッションウイークでのカルバン・クライン、シャネル、ヴェルサーチのモデルの調査ではゼロ人だったんですけど。その他のメーカーを含めた調査でも、2020年秋(46人)は2019年秋(86人)から大幅に減ってるんですけど。そんな状況であるにもかかわらず、こういう看板が一枚かけられただけでいちいちショックを受ける人が出てくるのって、ルース・ベイダー・ギンズバーグがインタビューで言ってたこの話に通じるものがあるよねえ。
ときどき(最高裁判所に女性判事は)何人いれば十分でしょうかと訊かれます。「9人です」と言うと、みんなショックを受けます。でも、かつては男性判事が9人だったのに、誰もそのことは疑問にさえ思わなかったんですよ。
"[W]hen I’m sometimes asked when will there be enough [women on the supreme court]? And I say ‘When there are nine.’ People are shocked. But there’d been nine men, and nobody’s ever raised a question about that."
万が一にも「『金髪じゃなくて、白人じゃなくて、プラスサイズの人』(で、さらに言うと非シスヘテの人)がメインストリームの広告モデルの仕事の大半を持っていくようになり、しかもその状態が百年以上続いて、誰も疑問にさえ思わない」みたいなことが起こり得たとして、理屈の上ではそれでやっとこ50-50でしょ。でも現状は全然そんなことになっていません。ファッションモデルの採用に関して、そこまでやろうと言ってるブランドも存在しません(よね?)。ここでたかが看板ひとつに従来と違うタイプのモデルが使われただけでものすごい被害を受けたかのようにふるまうというのは、要は旧来の「美しいボディーの種類はひとつしかない」という価値観を権威化して後ろ盾とすることで、「異端者」を無責任に攻撃する「自由」を享受しようという試みなのだと思います。早い話が憂さ晴らしと私利私欲ですね。
カルバン・クラインの今回の広告が癇に障るような人向けには、ちゃーんと受け皿としてレイシストでセクシストでホモフォビックなドルチェ&ガッバーナというブランドがあるんだから、そっちを買えばいいのにねえ。トランスのモデルやプラスサイズモデルの起用が気に入らないのなら、ヴィクトリアズ・シークレットのような、トランスフォビアとボディ・シェイミング(またはファット・シェイミング)の両方で批判されているブランドを応援しまくることだってできそうなものです。でもやらないんでしょうね、それでは憂さ晴らしにならないから。とりあえず、「美しいボディーの種類はひとつしかない」という価値観は人を殺すものだから(スリムな白人女性モデルもたくさん殺されてきたよ!*2)、こちらとしてはそんなもんの権威化にはノーを言い続けるしかないです。最後に、カルバン・クラインの"Proud in my Calvins"キャンペーンの動画から、ジャリ・ジョーンズのこちらのメッセージを貼っておきます。この動画でもこの人、やっぱりすごくいいことを言ってます。
*1:黒人向けの雑誌などの広告には黒人モデルが使われてきましたけど、エボニー・デイヴィスはTED Talksで、「EssenceやEbony(ともに米国の黒人向け月刊誌)の仕事はするな、『黒人ストリートカルチャーのモデル』のレッテルを貼られたらファッション業界への道はなくなるぞ」と言われたと話しています。つまり黒人モデルはもともと第一線の仕事が少ないだけでなく、黒人向け雑誌の仕事をすれば第一線への道がさらに遠のくというハンデまで課されてきたというわけ。
*2:例:Isabelle Caro: Anorexic Model Dies, Her Mother Commits Suicide. How Should the Fashion Industry Respond?、Model Bethaney Wallace Dies Of Anorexia Aged Just 19 | HuffPost UK、Anna Carolina Reston: the model who starved herself to death | Fashion | The Guardianなど。他に、スリムなブロンド白人女性モデルだけどバイセクシュアルで、クロゼットのストレスと過酷なダイエットで死にかけた人の例として、ポーシャ・デ・ロッシの手記Unbearable Lightness: A Story of Loss and Gainもおすすめ。