石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『くらしのいずみ』(谷川史子、少年画報社)感想

くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)

くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)

やさしくてあったかい短編集

収録作「早春(はる)のシグナル」に百合な人が出てきます。結婚が決まった親友「亜未」(♀)を思い切れない「千聡」(♀)というキャラを亜未の婚約者「信一」(♂)の視点からとらえたお話で、ある意味犬上すくね氏の「My Little World」(『未来の恋人たち』大都社収録)によく似た構造と言えるかもしれません。同性間の片想いを描きつつ決してステレオタイプな「可哀想なレズの悲劇」路線に傾いていかないところや、千聡が結婚式でおこなうスピーチの鮮烈さなど、とてもよかったです。ちなみにその他の短編もみなやさしくあたたかい話で、たのしく読めました。

百合な悲恋への「共感」のまなざし

結局、これって悲恋ものなんですよ。千聡は最後まで亜未に告白せず、亜未は予定通り信一と結婚してしまいますから。けれどもそこで「ああ同性同士は悲劇よねー、可哀想よねー」というお約束の「レズの悲劇」路線にはぜんぜん陥らないところがすばらしい。というのは、このお話には「女同士だからダメなんだ」というホモフォビックな決め付けはなく、それよりもまず「言いたくても言えない片想いのつらさ」に焦点が当たっているからです。信一が千聡に

10年も言えなくて苦しかったんだろ!?
言った方がいいって
絶対いいって!

とつい口走ってしまう(p. 78)のも、性別云々以前に、好きな人への気持ちを隠すつらさに思わず共感してしまったからなんですよね。そこに「勝者の余裕」(p. 163)がないと言ったら嘘になるとあたしは思うけれど、それでも同性間の恋を描くにあたって「同情」でも「見下し」でもなく「異性愛者からの共感のまなざし」を軸に据えるというこのやりかたは新鮮でした。

千聡のスピーチについて

信一から説得されたにもかかわらず、千聡は亜未に告白をしません。けれども、結婚式で彼女が行うスピーチが、

  • 親友としての「大好き」
  • 恋愛としての「大好き」

のダブルミーニングになっていて、そこの表情とか涙とかがすっげーいいんですよ。泣ける、これはもう泣ける。ちなみに後者の「大好き」に気づいたのはおそらく信一だけなんですが、この際そんなことは問題じゃないんです。ずっと押し隠していた想いをついに表明できたこと、そしてそれをちゃんとわかってくれた人がいたというカタルシスが大事なんです。千聡は恋を失ったけれども最高の知己を得たわけで、それはそれでひとつのハッピーエンドなんじゃないかと思います。

ていうか、亜未ってどこからどう見てもヘテロですしね。身も蓋もない言い方をしてしまえば、「ノンケに惚れたお前が悪い」ってことでしかなく、千聡もそれはわかってたんじゃないかな。だからこそ、このお話のハッピーエンドは、「千聡と亜未がカップルになる」ことではなく、「千聡がついに想いを表明し、かつ是とされる」ことにあるんだと思います。

まとめ

一種の悲恋ものなので、何が何でも最後にラブラブ♀♀カップルが誕生しないと気が済まないという方には向かないかもしれません。ですが、主人公信一が千聡に投げかける共感のまなざしは本当にあたたかいし、千聡の涙のスピーチのカタルシスも鮮烈でよかったです。しみじみとしたやさしい百合漫画が読みたい方におすすめ。