石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『猟犬』(深見真、講談社)感想

猟犬

猟犬

レズビアン刑事が活躍する、骨太の警察小説

レズビアン警部補「呉内冴絵(くれないさえ)」を主人公とする警察小説。いやあ面白かった。レズビアン刑事ものといえばアンヌ・ランバックの『東京カオス』(阪急コミュニケーションズ)が思い浮かびますが、あたしははこちらの方が好きですね。無駄を刈り込んだ硬質な文体、善対悪の構図に終わらないストーリー、三角関係と思わせて最後に意外な展開をみせる同性愛要素など、どれもよかったです。大人向けのかっちりしたハードボイルド小説でありつつ、深見作品らしい映画的なアクションシーンが健在なところもすばらしかった。

文体とアクションについて

短くハードボイルドな文体のリズムが脳に心地よいです。まるで敵にくっついて強力かつ正確なショートパンチを着実に打ち続けるボクサーの試合を見るよう。ラノベレーベルから出されている作品とはまた違った硬質で密度の高い文章で、楽しく読みました。

そんなわけで文章のスタイルはかなりオトナ向けなのですが、それでいて、ここぞというところの映画的スペクタクルは少しもそこなわれていません。ファミレスでの銃撃戦のシークエンスなど、音と色彩とキャラクタの動きがこれでもかとばかりに脳内再生されます。アクション映画好きには、たまりません。

ストーリーについて

物語が単純な勧善懲悪の構造に落とし込まれていないところがよかったです。「何が正しいのか」という答えを出すのではなく、「この混沌の中、このキャラはこう生きる」という姿をストイックに描いていくお話であり、そのストイックさが非常に気持ちいいです。復讐という要素をはらんでいるところは少しだけ『ゴルゴタ』を思い出させますが、冴絵の立場と性格がうまく作用して、『ゴルゴタ』とまた違う切り口になっているところが新鮮でした。

同性愛要素について

主人公をはじめとして、複数のレズビアンが登場します。皆それぞれ違った方向の強さと個性を持っていて、えらく魅力的です。本編での三角関係のみならず、エピローグに相当する第3章での意外な展開にもドキドキさせられました。

あと、こんなところもよかった。

「なあ、冴絵よ……」

不意に、平田の表情に疲れきった影がさした。

「同性愛者ってのは気楽かい? 結婚もないし、出産もないだろ」

「その考え方はかなり古臭いよ、平田さん」

沙絵は苦笑を返した。平田は悪い人間ではないし頭もいい。それでも勘違いを平気で口にしてしまうのは、やはり疲れているからなのだろうか。今回、彼によけいな話題を振ったのは沙絵だった。少し反省しつつ、沙絵は言う。

「気楽には遠いよ。ゲイは法律で認められてなくて偏見の目で見られやすい。私だっておとぎ話みたいな恋愛はしたことないし、愛がねじれれば修羅場にもなる。つかみあいのケンカもすれば、そのまま死んでもいいと思えるような幸福な恋人との時間もある」

「……悪いな。妙なことを言った」

「いいさ。とにかく、飲みすぎ注意だ」

ホモフォビアに関しては、こういう「悪い人間ではないし頭もいい」人の誤解や思い違いというのがいちばん厄介だったりします。最初から悪意を持って暴力でもふるわれるのであれば、殴り返せば済む話です。でも、信頼している人から悪気なくバイアスを露呈されると、苦笑しつつもこつこつと説明を続けていくしかありません。で、わかっていてもときどき、心理的・時間的コストがけっこう負担になってくるんですよ、こういうの。同性愛者が日々感じているこうしたわずらわしさをさらりと描いてみせるあたりがすげーリアリスティックで、面白かったです。

ちなみに女性同士のセックスシーンも複数登場しますが、いつも通り、変な色眼鏡がなくて楽しく読めました。押さえた描写ながら、どうしてここまでレズビアン心のツボが突けるのかと感嘆。沙絵の、恭子の腹部に対する偏愛とか、わかるわかる! って感じです。男性の陰茎を勃起させんがための嘘くさいレズビアンエロスをお探しの方には不向きですが、そうでない方にはおすすめ。

欲を言うと

基本性格はともかく、捜査の面で、沙絵の「猟犬」らしさがもう少し欲しかったかも。クライマックスの謎解き(これがまた今風の仕掛けで面白いんですが)が猟犬というよりホームズ的だったので、そこ以外で何かもうちょっとハウンド系(沙絵は間違ってもセッターやレトリバーではなさそうですし)狩猟犬っぽい追い詰め方みたいなものがあると嬉しかったかもです。ただ、そこが気になるのは単にあたしが無駄に犬好きだからであって、気にならない人にはまるで気にならないんじゃないかとも思います。

まとめ

ガンアクション満載のハードボイルド小説として手ごたえ十分な上、レズビアン小説としてもナイス。同性同士の関係を、当たり前にそのへんにあるものとしてさらりと描いていくところがとても気持ち良かったです。上では書ききれませんでしたが、男性キャラクタも皆キャラが立っていていいですよ。特にシロ、好きだわ。そんなわけで、非常におすすめです。