石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

あなたの「下の顔」はどんな顔―ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』シーズン5感想(ネタバレ)

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暴動メインの異色シーズン

S4終盤の事件を機にリッチフィールドで起こった暴動の3日間を追う、異色のシーズン。群像劇ゆえの雑多さは否めないものの、第10話のスザンヌ(日本語字幕は『スーザン』)の台詞をキーワードに全体がまとまっていくところはさすが。

「あたしの顔、おかしい。この下のが……本物だ」

ダヤナラが手にした銃で看守たちが制圧された後、受刑者たちは思い思いの行動に走ります。混乱の中、リアン(エマ・マイルズ)とアンジー(ジュリー・レイク)のヤク中白人コンビは他の受刑者をいじめたり、物を盗んだりとやりたい放題。第10話で彼女たちの盗みを見とがめたスザンヌ(ウゾ・アドゥバ)は、報復として顔に変な白塗りメイクをされてしまい、のちに鏡を見てパニックに陥りかけます。そのときスザンヌが、顔を洗いながら必死になって自分に言い聞かせる台詞がこちら。

「顔が変だ この下が本当の顔 自分の顔を愛して 黒い肌は美しい 髪からお尻まで 鼻からつま先まで どんな色も鮮やかに映える!」

おそらくこれは、スザンヌが白人の優しい養母から言い聞かされて育ったこと。しかしながらこの台詞は単に彼女の生育歴を示すにとどまらず、この時点でひそかにリッチフィールドに侵入していた看守のピスカテラ(ブラッド・ウィリアム・ヘンケ)が、レッド(ケイト・マルグルー)をナイフで脅しながら言う以下のことばと奇妙に呼応してもいます。

「みんなに見てほしいんだ 母親ヅラしたお前の化けの皮をはがすのさ」

「お前の正体を暴くんだよ」

「そうやって髪を染めて化粧をしてもその下の真実は変わらない」

思うに、このスザンヌとピスカテラの台詞で示される「ある人の真実の顔とは何ぞや」という問いが、このシーズン全体を貫くテーマになっているのではないかと。これまで同様、受刑者を取り巻く不公平なシステムを批判しつつ、さらに一歩踏み込んで「ではその不公平を作り出している人間ひとりひとりの『正体』とは何なのか」というところまで掘り下げようとしたのが今回のOITNBなのではないかとあたしは感じました。

この問いに対して単純な答えを用意したりはしないのが、本作品のユニークなところ。ピスカテラは過去のある事件から、受刑者の本当の姿は全部「ズルをする嘘つき」であり、痛めつけて屈服させねばならないという考えにとりつかれています。しかしレッドの強いリーダー像の下にあるのはシャイなロシア料理屋のおかみさんや、今シーズンで初めて描かれる、自由を求めたロシアの工場労働者の少女の顔。また、そもそも受刑者がズルくてワルい方に変わるのは周囲の非人道的な扱いのせいだということが、同じ回のペンサタッキー(タリン・マニング)の台詞によって示されてもいます。人間の中身は、ピスカテラが思い込みたがっているほどシンプルではないんです。

だからと言ってこのドラマは、呑気に性善説を提唱するだけで終わったりもしません。どんくさいおバカキャラのMCC職員、リンダ(ベス・ドーバー)に実は冷酷で自己中心的な嘘つきの面があったり、一見気のいい大型犬のようにも見えた昔のピスカテラの中に、もう今につながる残忍さが潜んでいたりするところがその証左です。そう思ってみると、フローレス(ラウラ・ゴメス)がピスカテラに"¡Aunque el gorila se afeita, el gorila se queda!"(『ゴリラが髭を剃ってもゴリラのままだよ!』)と叫ぶシーンは実に示唆的ではあります。ただその一方、リンダは大学時代の友愛会のアルファ・ガールから、そしてピスカテラは幼少期に送り込まれたジーザス・キャンプ(聖書に書いてあることは絶対だと子供に教え込む、キリスト教原理主義のサマーキャンプ。『同性愛を祈りで治せ』と教えられたりします)から強い抑圧を受けていたことも描かれていたりして――つまり、人間の「下の顔」はタマネギのような複層構造になっていて、何が因で何が果なのか、どこまでさかのぼれば「本物」の顔だと言えるのかはわからないというのが結論なんですよね、たぶん。

ではこの絶望的なタマネギ構造のもと、人はどう生きればいいのか。何を「本物」だと思えばいいのか。その答えもまた、スザンヌのとある台詞に隠されていました。今シーズンでの彼女の役回りは意図せずに機知に富んだことを口走るフールであり、ピスカテラの回想シーンにシェイクスピアネタが出てくるのもたぶんそのつながりだと思うのですが、ともかく、彼女は最終回でこんなことを言うんです。

「空は青い 曇ると灰色になるけど実は青い」

今は灰色しか目に入らなくとも、そして人から「おまえは灰色だ」と決めつけられようとも、その下にある青空を信じて己の尊厳を保つ(そう、同じく最終回でフリーダが言うようにね!)ことこそ大事なのだというのが、今シーズンがもっとも伝えたかったことなのでは。緊迫感あふれるラストシーンを見ながら、そんなことを思いました。

その他あれこれ

  • 脇キャラの活躍で今回特によかったのは、フリーダ(デイル・ソウルズ)のタフなサバイバル婆さんっぷりと、「フラリッツァ」ことフラッカ(ジャッキー・クルス)とマリッツァ(ダイアン・ゲレロ)のコンビ。人の死も暴力も出てくるタフなストーリーの中、何度も笑わせたりなごませたりしてくれました。
  • 逆に疑問に思ってしまったのは、看守の「ドーナツ」ことチャーリー・コウツ(ジェイムズ・マクメナミン)の位置づけ。あれじゃ「レイプしても相手に惚れさせれば無罪、めでたしめでたし」ってことになっちゃわない?
  • パイパーを暴動の傍観者ポジションのひたすらウザいキャラに徹させたのは正解だったと思います。リッチで教養もある白人お嬢さんのパイパーがしゃしゃり出て暴動を仕切ったりしたら、劇中劇として出てきたホワイトウォッシュされた『ドリームガールズ』(めちゃくちゃ怖くて醜悪だった……!!)みたいなろくでもない話になっていたでしょうから。
  • セクシズムへの怒りも痛烈でよかった。特に知事が、スナック菓子とタンポンで女囚たちを懐柔できると思い込むところなど。ああいう女をなめくさった交渉の仕方って、『アンブレイカブル・キミー・シュミット』のグレッチェンの立てこもり事件の回(S3E5)で皮肉られてたのと共通するものがあるよね。
  • レズビアンの描写できわだっていたのは、ニッキ―(ナターシャ・リオン)のモレロ(イェール・ストーン)がらみのエピソード。パイパー(テイラー・シリング)がアレックス(ローラ・プリポン)にとある重要な台詞を言う場面もあることはあるのですが、何せ今回の彼女はいつにも増してウザいキャラだったので、「アレックスも気の毒に」としか思えませんでした。
  • そうだ、ソウソウ(日本語字幕の表記だと『ソーソー』/キミコ・グレン)もよかった。図書館開設の場面や、最後まで座り込んで突入部隊に抵抗する場面など、特に。
  • 日本語訳にはあちこち疑問が残りました。キャラが同性愛者を中傷する場面に出てくる"homo"や"lezzie"などの侮蔑的な語が、いちいち機械的に「ゲイ」「レズビアン」などの政治的に正しい語にすり替えられたり、ラティーナの受刑者がピスカテラを"maricón"(スペイン語で男性同性愛者を指す軽蔑語)と呼ぶ台詞が、そもそも同性愛者を意味する語自体が使われていなかったかのような言い回しに改竄されたりしてるんです。特に前者は、これではまるで「ゲイ」や「レズビアン」が侮蔑のニュアンスを持つ語であるかのような誤解をまねきかねず、問題だと思います。文脈無視でなんでもかんでも言い換えりゃいいってもんじゃないんだよ。

まとめ

今回もすげえ話だった……。スザンヌにフールの役割を振ることで、暴動での単なる勝ち負けよりさらに深みのあるテーマに踏み込んでいくという工夫が面白かったです。セクシズムやレイシズムへの批判も相変わらず切れ味鋭く、ニッキーとソウソウに代表される女性同士の恋愛要素も大変よかった。正直序盤の展開はやや鈍重かつごちゃごちゃしすぎているようにも感じられたのですが、途中からきっちりサスペンスが増していくし、最終話の続きが気になる度合いときたらシーズン1にも匹敵するほど。これだからOITNBは侮れないわ。

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