石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

小説『雨の塔』(宮木あや子、集英社)感想

雨の塔

雨の塔

静謐で綺麗な(でも、それだけじゃない)百合小説

デビュー作『花宵道中』で、男女の性愛のみならず江戸女郎の百合までも鮮やかに描いてみせた宮木あや子さんの新作百合小説。今度は現代物で、なんと一冊丸ごと百合です。静謐で綺麗で、でもそれだけでは終わらないというひねりのきいた作品で、誤解を恐れずに言うならまるでとびきり良質の少女漫画のような一品でした。水色の美しい装丁もナイスで、箱入りの美味しいお菓子みたいに大切にしまっておきたい本だと思いました。

「色彩、香り。サスペンス。緊迫感。ラストの救済と静かな諦念。ああもうこれをどうやって伝えたらいいんだ。うおー!」というのがわたくしがこの作品を読みながら興奮して書きなぐったメモ。とにかく、すんごく良かったんですけど、すごすぎてどうやって伝えたらいいのかわからないんですよ。うおー。

『雨の塔』あらすじ

お話の舞台は、資産家の子女をいわば「島流し」のようなかたちで閉じ込めておくための、陸の孤島のような全寮制女子校。メインキャラクタの4人の少女たちはこんな感じです。

矢咲
少年のような少女。過去に同級生女子と心中未遂をしている。
小津
矢咲のルームメイト。中国人と日本人のハーフで、元モデル。
三島
資産家の妾腹の娘。
都岡
三島の友人。イタリア系アメリカ人と日本人のハーフ。

いずれもひと癖もふた癖もある過去を抱えているこの少女たちが同じ学園で暮らすうちに、愛情やすれ違いや嫉妬などが静かに静かに生まれていきます。やがて彼女らはある事件を迎え、学園を去る者と残る者が生まれる――というのが、ごく大雑把なあらすじです。ちなみに少女同士のキスも体の関係も出てきますが、よくある「男と女ごっこ」めいた大味な百合でもなければ、ドロドロのレズビアン愛憎劇でもないところが面白いです。ふわりと軽くて甘いのに、どこかにスパイスをほんのりときかせた美味しいフィナンシェみたいなお話だと思いました。

よかったところ

1. 色彩と香り

色彩と映像が鮮やかに目の前に浮かんでくるのはいつもの宮木さんの持ち味なんですけれども、今回はこれに加えて、香りまで伝わってくるんですよ。冒頭の潮の匂いに始まって、甘い桃の匂い、ロスマンズの匂い、サムサラの匂い、マフィンの匂い、アーティチョークのピクルスの匂い、等々、さまざまな香りに脳髄を直撃され、ぐいぐいとお話の世界に引っ張り込まれてしまいました。少し浮世離れした設定のストーリーを、こうした要素が巧みに援護射撃しているところが心憎いです。

2. 緊迫感

ただ甘いだけのお話じゃないんですよ。後半の緊迫感あふれる展開を、『花宵』のあの筆力で描かれるんですから、その凄味ったらありません。前半の少女漫画的な空気にすっかり油断し切って読んでいたため、不意打ちの切なさや哀しさに胸が詰まってしまって大変でした。具体的にはpp136-137あたりのことですけど。

3. ラストの救済と諦念

これがすごくよかった。百合もののラストとして、こういう切り口があったか! と目のさめるような思いでした。淡泊で静かで、ちょっと悲しくて、でも暖かいエンディング。好きだなーこういうの。

まとめになってないまとめ

というわけですんごく良かったので、今、幸福感に身悶えています。Amazonで買ったらページの一部に傷がついていたので、本屋さんでもっかい新品を買いなおしてカバーもしっかりかけてもらおうかと考慮中。今この時代に生まれて、こういう小説をさっと本屋で買って読めるなんて、自分は幸せ者だと思います。