石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『オクターヴ(1)』(秋山はる、講談社)感想

オクターヴ 1 (アフタヌーンKC)

オクターヴ 1 (アフタヌーンKC)

売れなかったアイドル(♀)と貧乏作曲家(♀)との、生身の恋。

面白かったです! 百合話につきもののさまざまなステレオタイプ(『精神的な繋がり>肉体』という妄想、モノガミー幻想、処女崇拝等々)をぶっ飛ばす斬新なリアル感がとてもいいですよ。ちゃんと肉体を持った生身の女のコ同士の話だなあ、と思いました。こんな漫画が出てきてくれて、ほんとうにうれしいです。

セックスから始まる恋

『オクターヴ』の主人公は、元アイドルの「宮下雪乃」。売れずに引退したものの、周囲からの好奇の目と中傷に耐えかねて高校を中退し、今は東京でマネージャー見習い。ひょんなことから出会った美人の作曲家「岩井節子」とセックスしたことから、女性同士の恋が始まります。

ここがもっとも驚いたところ。ヘテロ物なら、こうしたセックスから始まるパターンの恋はわりあい描かれてると思うんです。でも、女同士だと、(『まずエロありき』のエロゲやエロ漫画を除いては)めったにない。門外漢のヘテロセクシュアルたちが「女同士の関係は『精神的な繋がり』が中心」とかいう気色の悪い妄想を振り回しているこの百合業界、体から始まる恋なんてとんでもないってことにされてしまっている気がします。女性同士の性愛を描くにしても、「ノンケ好みのうじうじした片想い→葛藤→決死の告白→相思相愛という免罪符コースをたどってからじゃなきゃダメ!」っていう抑圧がやたらと強いと思うんです。いや、単品でそうした作品を作ること自体に罪はないのよ。そういうストーリー仕立ての傑作だって、たくさんありますしね。でも、その手のパターンばかりが好まれて再生産されるっていう社会のありようは、なんか変だと思うのよ。

その点、この『オクターヴ』はすごくすごく新鮮でした。逆説的だけど、体の関係をすごく大切にしている漫画だと思います。セックスシーンの描写の美しさや柔らかさも特筆ものですしね。ていうか、別に女同士でだって体から始まる恋があってもいいじゃんよ。門外漢は黙ってろ。特にちんこ付き生物は黙ってろー(意見を言うなという意味じゃなくて、女でもないのにしたり顔で『女同士はかくあるべき』とか決めつけるなという意味ですよ念のため)。

感情描写も繊細です

――さっき松の湯で ほんとは気づいてたね私が見てたの 鏡越しに 私に気づいてすごく意識してた

これは、初めてのセックスになだれ込む直前の節子の台詞(pp. 66 - 67)。そう、「体から始まる恋」と言っても、気持ちの触れ合いがまったくないところにいきなりセックスを始めるわけではないんです。より厳密に言うとこれは、「雪乃が、セックスを契機として気づいた恋」なんです。

実はよく見ると節子と知り合ってすぐの雪乃のはしゃぎようや、節子と初めて握手した日の晩の

――やわらかくてあったかくて…………あぁ 私…………人の肌に触ったのほんと久しぶりだ

というモノローグ(p. 38)なんかにも、既にごくかすかな恋の予感が暗示されてると思うんですね。本人が気づいていないだけで。そういったさりげない心理描写が、ほんとうによかったです。

葛藤あれどホモフォビアはなし

セックスに至るまでの陳腐なぐだぐだがないだけで、好きになってからのいろいろな葛藤はちゃんとあるんですよ。そこにきちんとドラマが仕込んであるところがいいし、葛藤や曲折のタネに「女同士なんて変」的なホモフォビアがぜんぜん使われていないところにも拍手。

節子の感覚がわかりすぎる

「百合/レズビアン物のキャラは処女に限る」という方はすごく嫌がりそうですが、節子はかつて男性ともつきあっていたことがあります。そんな彼女のこの会話(pp. 188 - 189)が、現役レズビアンのわたくしの心にメガヒット。

節子「私は――どっちともしてみたかったんだよなぁ でも 初めて女のひとと裸で抱き合った時――あ この話イヤ?」

雪乃「――いえ 続けてください」

節子「――――抱き合った時ね 全身ゾクゾクきて あんまり気持ち良すぎてビックリした」

こ、これは。節子は別にレズビアンだと名乗ってはいない(名乗る必要もないと思います)ものの、あたしがわたくしがレズビアンだと名乗るわけ - みやきち日記で書いたこととめちゃくちゃ近い感覚。わかる、わかりすぎる。こんなところのリアル感も、すごく好きです。

その他いろいろ

  • モノガマスな雪乃と相手にモノガミー規範を要求しない節子、という対比が興味深いです。2巻以降ではこのへんの要素が台風の目になるかも?
  • 雪乃の男性嫌悪がちょっと気になります。このへんも台風の目になるかも。
  • 自称「女の子が好きな女の子」に対するチクリとした批判なんかも面白かったです。

まとめ

女同士の恋愛ものにおける、

  • 女同士の関係は、「精神的な繋がり(笑)」が中心
  • 性愛はウジウジした(そして往々にしてホモフォビックな)片想い期間を経てからやっとありつくもの
  • 処女同士のモノガマスな関係こそ至高

などのステレオタイプを綺麗にひっくり返してみせた、非常に新鮮な作品でした。エロの美しさも、感情描写の繊細さも特筆もの。体だけでなく、好きな気持ちでもつながった(かなり波乱含みではありますが)ふたりが今後どうなるのか、目が離せません。