石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『青い花(4)』(志村貴子、太田出版)感想

青い花 4巻 (F×COMICS)

青い花 4巻 (F×COMICS)

杉本恭己の留学で、話はいよいよ現実寄りに

いいぞいいぞ。これまでの4冊の中で、この4巻の展開がいちばん好きかも。1〜3巻ももちろんとても良かったのですが、この巻からはお話がぐっと現実的になってきて、「ふみとあーちゃんの恋」に焦点が当たり始めているところが嬉しいです。今にして思うと、1〜3巻での「杉本先輩とふみの恋」は、わかりやすい百合ロールモデルを提示してから解体してみせるための策略だったんではないでしょうか。で、実はここからがお話の本番なんじゃないでしょうか。ストーリーをひっかき回すトリックスターとして新キャラ「大野春花」を配置するところもうまいし、番外編「姿子さんと薫子さん」もナイスで、大満足の1冊でした。

箱庭百合への決別

杉本恭己の留学を区切りに、お話のウエイトは、1巻以来休眠状態だった「ふみとあーちゃんの恋」にシフトし始めています。この流れで特にいいなと思ったところが2点。ひとつは、女性同士の恋をどこかフィクショナルな&スキャンダラスなものとして茶化すまなざしと、現実のものとして大切に受け止めるまなざしを両方出して対比させているところ。もうひとつは、女のコから女のコへの欲望込みの恋情を真正面から描いているところ。

まず前者に関しては、あーちゃんのクラスメイトたちの会話(pp. 24 - 27)に顕著です。担任の女性教師に女の恋人がいるという噂に色めき立ち、

「ホントにいるんだ そういう人たち」
「そりゃいるでしょうよぉ」
「かわいい後輩が告白してきたらどーするよ?」
「やーもーやめてえ」

と騒いでみたり、それで気分を悪くしたあーちゃんが級友に助けられて医務室に向かうと

「ホラまたあそこでも ガール・ミーツ・ガ〜〜ル」

と冷やかしてみたりと、とことん興味本位のおちゃらけた視点しか持っていないんですよ、この人たち。一方、こうした発言に気分を害するあーちゃん(表情の変化だけでこれを表すコマがすばらしい)や、あーちゃんをそっと外に連れ出す上田良子(新キャラ)には、レズビアニズムを蔑視しないニュートラルなまなざしがあり、両者のコントラストがみごとでした。この対比って現実世界にもある(たとえば一部の百合好きさんって、確実に前者の視点しか持ってなかったりしますしねー)だけに、リアル感たっぷりで心憎かったです。ていうか、「ガール・ミーツ・ガール」漫画とされている『青い花』で、当のその言葉を使って同性愛への偏見をスパッと描いてしまうところがすごいですよねホント。

次に欲望込みの恋情に関しては、ふみからあーちゃんへのこの台詞(pp. 156 - 158)にとどめをさします。

あーちゃんの好きと私の好きはちがうの
私 むかし 千津ちゃんとときどきセックスした
私の好きは好きな人とそういうことをする好きなの

1巻以来の伏線が今ここに! という感じでドキドキさせられました。このへんも、フィクショナルな、または一部のストレートが妄想しがちな箱庭的な「百合」への決別宣言なんじゃないかと思います。

百合ロールモデルの提示と解体

1〜3巻の流れは、ある意味「かっこよくて女のコにモテモテの先輩(杉本)×内気な後輩(ふみ)」「しかも場所は女子校」という、一般受けしやすい百合パターンをわざとなぞっていたフシがあると思うんですよ。一旦そうしておいてから、2〜3巻でヒースクリフこと杉本先輩の幼さを残酷なまでに暴いて関係を終了させる、というのは、実はふみとあーちゃんの恋を描く前に「一種ステレオタイプな百合モデルの提示と解体」をしておくという作業だったのではないでしょうか。

そう考えるとこの4巻は、幼さに支えられた関係が一段落して、ステレオタイプを脱した「恋」が始まる幕開けの巻と受け取ることができます。言い換えるなら、カッコいい先輩への上昇婚的なあこがれでもなく、思春期の発達過程の一環でもなく、はたまた女子校で周囲に男がいないための気の迷いでもなく、本気で「この人はこの人が好き(性愛的な意味も含めて)なんだ」という関係を構築していくぞという巻なのではないかとあたしは感じました。読んでてもうわくわくしちゃって大変。あーちゃんの側が、

これじゃ あたしがふみちゃんを好きみたいだ

と意識し始めている(p. 71)こともあり、この恋がどう転ぶにせよ、今後の展開が非常に楽しみです。

その他

明るく人懐こい新キャラ春花が人間関係のハブとなって、キャラたちをダイナミックに結びつけていくところが面白いです。春花の姉がどうやら「織江さんと日向子さん」(2〜3巻に収録)の織江さん、つまりガチなレズビアンらしいところもナイス。それをきっかけにしてお話が転がっていく部分もあり、物語の牽引役またはトリックスターとして非常に重要なキャラだと思います。

あと、巻末の読み切り「姿子さんと薫子さん」も全力投球のレズビアン話で、とてもよかったです。少女時代の薫子さんのあの小僧のような姿とか、ふたりの「腐れ縁」の描写とか、泣けるわ。姿子さんの色っぽさもステキ。

まとめ

いよいよお話がレズビアニズム寄りになってきて、あたしは嬉しい。異性愛規範を脅かさない範囲でのヤワな百合関係(女同士でヘテロロマンスをなぞってみせるだけとか、女子校であるがゆえの一時的な錯誤だとか、絶対に性的な関係にならない恋愛ごっこだとか)(いや巷の百合物が全部そうだと言ってるんじゃなくて、そうした作り方をされている百合作品もあるって意味ですよ)だけがお好きな方には合わないかもしれませんが、女のコから女のコへの本気の恋を読みたい方にはマジでおすすめです。キャラクタの繊細な心の動きを描かせたら天下一品な志村貴子さんだけに、この先どんな恋模様を見せてくれるのかとても楽しみに思います。