石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『湯けむりサンクチュアリ』(天野しゅにんた、一迅社)感想

湯けむりサンクチュアリ

湯けむりサンクチュアリ

おバカでエロくてハッピーなオムニバス百合短編集

さびれた温泉町「おにゆり温泉郷」を舞台とする百合エロティックコメディ。いやあ、これはいいわ。キャラたちがいい意味で頭と股間がゆるいところがまず楽しいです。毎回エロありだけどお話自体はカラリとしていて、しかもセックス描写が気持ちよさそうなところもステキ。女のコ同士の恋に、ヘテロセクシズムに毒された「女の子同士なのに、気持ち悪いよね……?」みたいなウジウジ部分がまったくないところも爽快でした。おおらかで可愛らしい、読んでてハッピーになれる百合短編集だと思います。

いい意味で頭と股間がゆるい皆さま

そもそも裏表紙からしてキャラたちが天狗の面はかぶってるわ栗とリスの置物は持ってるわというおバカ具合なので、内容は推して知るべし。でも、おバカではありますが、皆さんそれぞれにいたいけですっごく可愛いんですよ。「アンタたち、はずみでセックスしすぎよ!」とツッコミたくなるぐらいカジュアルに女性同士のセックスが登場しまくるお話でありつつも、そんなわけでいらんエグ味やあざとさはゼロ。恋する乙女たちの、性愛ありのキュートな物語に仕上がっていると思います。

セックス描写について

エロいですよこれは! する側とされる側の興奮がともに鮮やかに描かれていているところがまずすばらしいです。これがもしする側の興奮重視だと男性向けヘテロポルノ寄りに、される側の興奮重視だとティーンズラブまたはレディコミ寄りになってしまうと思うんですが、『湯けむりサンクチュアリ』のえっちシーンはそのどちらでもなく、きちんと女性同士のエロスを描き切っていると思います。

キャラたちの表情もよかったし、行為中の台詞もいちいちぐっときます。たとえば、

「うっ…上目づかいひとりじめ…」

のエロティシズム(p. 59)とか。あるいは、

「あれ 名前呼んだだけで今イった?」

のリアル感(p. 60)とか。あと、ものすごくアホだけど同時に超絶エロいのが、ホテルほたての女社長と旅館しじみの女将(ふたりは元恋人同士)の、

「××××××ぐらい好きなんですよ!」
「じゃあ×××××みなさいよ!」

というかけあい(ネタバレ防止のため一部伏せます)(p. 131)。好きです、このセンス。

ウジウジ部分はありません

「女の子同士なのに、気持ち悪いよね……?」とか、「好きだなんて言ったら嫌われる……!」などのように、キャラに異性愛中心主義を後生大事に抱え込ませて悲劇のヒロインぶらせる百合漫画ってまだまだ多いと思うんですよ。でも、この作品ではセックスや両思いに至るまでの過程にそうしたウジウジ部分がほとんどなく、どのお話も終始カラリとしています。そこがとても楽しかったです。

葛藤やマゾヒスティックな自虐こそが百合の醍醐味だ! という意見はあるでしょうし、現実に同性愛は気持ち悪がられたりするんだから、キャラにそう言わせて何が悪い! という意見も当然あると思います。でもね、ガチで女性同性愛者な自分としては、そういう台詞を見ると、あたかも寿司屋の前で「こんなジャップの食べ物が好きだなんて、気持ち悪いよね……? 嫌われるよね……?」とクネクネ悩む白人女を見かけてしまったがごとき不快感を覚えるんですよ。アンタには気持ち悪くても、その文化を愛し、日々幸せに暮らしている人だっているんだってのよ。そこで「有色人種は差別されているのだから、寿司キモイ発言もあってしかるべき」とか開き直られても、知らんがなとしか言えません。その点、本作にはそうしたバイアスがなく、最後まで気持ちよく読めました。こういう作品が増えてきたのはありがたいことです。

まとめ

おおらかでえっちでラブラブで、すげー楽しい百合エロコメでした。効能は「恋」または「エロ」というこの温泉郷であたしも湯治したいわ。作者の天野しゅにんたさんはこれがデビュー単行本とのことですが、次回作も心の底から楽しみです。