インセンティヴが引き起こすこと
女子刑務所が舞台の人気ドラマ、S6。暴動後の受刑者たちの葛藤と主人公に訪れた契機を通して、「人には善も悪もなく、ただ誰かがトクするシステムがあるだけ」というメッセージが色濃く打ち出されています。最終シーズンたるS7に向けてアップを始めた感が濃厚。
囚人のジレンマとインセンティヴ
今シーズンでまず描かれるのは、暴動後の当局による犯人(または罪をなすりつけるためのスケープゴート)捜しと、それにともなう文字通りの「囚人のジレンマ」です。おもしろいのは、視聴者からの支持も高いおなじみの受刑者たちが、我が身を守るために次から次へと他の受刑者を利用したり、裏切ったりすること。宿怨のある相手だけではなく、親友や、これまで自分を守ってくれた人さえも売ってしまうこと。しかも、そういうことをするのがひとりやふたりではないこと。
これまでOITNBを見てきた視聴者たちには、だからといって彼女たちが実は悪い人だったのだと受け止める人は少ないと思います。シーズン3でビッグ・ブー(リア・デラリア/Lea DeLaria)の台詞にも登場したベストセラー『ヤバい経済学』(東洋経済新報社)の著者、レヴィットとダブナーは、同書のテーマは「人は、インセンティヴ(誘因)で動く*1」ということだと言いました。これは実は、OITNBが以前からずっと描き続けていることでもあります。過去のシーズンで主人公パイパー(テイラー・シリング/Taylor Schilling)をさんざん脅して追い詰めたレッド(ケイト・マルグルー/Kate Mulgrew)も、パイパーを殺そうとしたペンサタッキー(タリン・マニング/ Taryn Manning)も、それを止めようともしなかったヒーリー(マイケル・ハーニー/Michael Harney)も、パイパーにおぞましいやけどを負わせたルイース(ジェシカ・ピメンテル/Jessica Pimentel)も、別に「悪人だから」そういう行動をとったというわけではありません。単純に、そうすることが自分にとっておトクだったから、つまり、インセンティヴがあったからそうしたんです。その行動が結果的に(その時点では)悪と見えたとしても、彼女らの行動の根源が邪悪さだったというわけじゃない。
けれどもこのドラマは、ここで「みんながみんな自分のおトクを追い求めているんだからみんなおあいこ。せいぜい個人の努力で善い行動を選びましょう、はい解散」と言って終わりにしたりはしません。それどころか、行動の選択肢についての対照的な台詞(8話のテイスティと、11話の白人男性看守・ブレイクが言ってることの違いに注目)や、看守たちの残酷なゲーム、新登場の二大ヴィラン・キャロル(ヘニー・ラッセル/Henny Russell)とバーブ(マッケンジー・フィリップ/Mackenzie Phillips)の対立、シーズンフィナーレの強烈な結末などを通じて、特権集団に属する人々が単純に自分たちのおトクを追求していけばいくほどシステミックな不平等が生じること、それが社会へのダメージにつながるということをきっちり描いてくれています。これは原作本の中で著者のパイパー・カーマンが一番強く訴えていたことで、ドラマの方でも最終シーズンたるシーズン7に向け、このテーマを全力で描き切るための下地固めに入ったのだなと思いました。サスペンスも笑いどころもあり、伏線のきかせ方もうまくて、全体的によく計算された引き締まったシーズンだったと思います。
現実とパラレルな物語
見ている間じゅう、アレックス役のローラ・プレポン(Laura Prepon)が先日Hollywood Reporterのインタビューで言っていた、「このドラマは世界で起こっているとても多くのことを同時進行で(パラレルで)描いてきた」ということばが何度も脳裏をよぎりました。このドラマで描かれていることは、今日本で起こっていることとも無縁ではないと思ったから。
LGBTは「生産性がない」とバッシングする人も、そういう意見をホイホイ載せちゃう雑誌も、その尻馬に乗ってLGBT叩きを始める人も、結局はそうすることで自分が何らかのトクをするからそういう行動を取ってるわけですよね。こうすればある種の人々から支持されるとか、カネ儲けができるとか、自分だって生活が苦しいのにあいつらは「行き過ぎ」なほど支援されているなんてズルい! と不満をぶつけてスッキリできるとか(注:江川紹子氏が指摘している通り、実際にはLGBT支援に多額の税金など使われてはいないし、LGBTの人々が多額の税金が必要な施策を求めているなんてこともありません。法務省の平成29年度予算によれば、性的少数者の人権施策推進のために計上された金額は法務省予算の0.017%、国の一般会計予算の0.00001%だそうです)、そういったマジョリティにとっての利益のために、あたしらはいとも簡単に標的にされるわけよ。それこそリッチフィールドの陰惨なギャンブル「ファンタシー受刑者」の手駒みたいな扱いで、LGBTピープルは無駄にアンチと咬み合わされてる。こっちがズタボロになればなるほど誰かがおトクを味わえるという仕組みが、もう出来上がっちゃってる。
やってる側にとっては、これはおそらく自分の威信を高めるとか、利益を最大化するとかのごく当たり前の社会的・経済的インセンティヴによる順当な行為なのでしょう。でも、そこにはFBIが自分たちの面子を保つためだけにテイスティ(ダニエル・ブルックス/Danielle Brooks)に無実の罪を着せ、ポリコン(旧名:MCC)が金儲けのためだけにブランカ(ラウラ・ゴメス/Laura Gómez)をひどい目に合わせたのと同種のシステムが既にあって、ひどく危険だと自分は思いました。遣る瀬無いわ、まったく。
その他あれこれ
- 序盤のあたりでの非白人の受刑者への虐待の描写がかなりエグく、「白人が白人のために脚本を書いた黒人/褐色人虐待ポルノだ」という意見があるのも正直うなずけると思いました。この手の暴力シーンが苦手な方は、最初の三話ぐらいは早送りで流し見した方がいいかも。
- キャロルは若き日の服装やたたずまいといい、バーブの男性関係に対する態度といい、どう見てもクィアなキャラだと思います。同性といちゃつかせるだけがクィアネスの表現ではないということのお手本のような描写で、たいへん楽しく見ることができました。
- クィアと言えば、レズビアンの新キャラ・ダディー役に、本物のレズビアンのビッチ・マルティネス(Vicci Martinez)が起用されていたところもよかった。ダディーはOITNB初のラテン系のクィアキャラだと言われていて、そういう意味でも画期的だったと思います。
- もうひとつクィアと言えば、今シーズンのパイパーはアレックスとつつがなくいちゃいちゃしていて、アレックスからパイパーへの思いやりも深く、Vausemanシッパーにとってはおいしい場面が多かったんじゃないかと。波風がない分、話の本題というより箸休めといった位置づけではありましたが、それで正解だったと思います。
まとめ
原作とも現実ともリンクしたエピソードをちりばめ、来たるべき大詰めに向かって走り出しているシーズンだったと思います。キャロルやダディーなど、魅力的な新ヴィランがサスペンスを盛り上げているところもよかった。総じて前シーズンよりこっちの方が好きだと言えます。
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*1:Levitt, S. D., Dubner, S. J. (2009). Super Freakonomics: Global Cooling, Patriotic Prostitutes, and Why Suicide Bombers Should Buy Life Insurance. [超ヤバい経済学]. (Motizuki, M. Trans.)