石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

意外と手堅い作りだった~Netflix映画『ザ・プロム』感想(ネタバレ)

The Prom (Music from the Netflix Film)

意外とビターなネタてんこ盛りでした

実話をもとにした同名ミュージカル・コメディーの映画バージョン。あらすじは、仕事がイマイチのブロードウェイ俳優らが、田舎町でプロム参加を禁じられたレズビアンの高校生・エマを助けて名を売ろうと企て、町にやってきて騒動を巻き起こすというもの。予想以上に「本当にあったこと」の配合率が多く、その分話にビターな味わいがあってよかったです。結末はキュートで希望あふれるもので、そこもよかった。不満はエマが舞台版ほどレズビアンっぽく見えないところと、せっかくのトレイシー・ウルマンが一曲も歌っていないところぐらいかしら。

あの『偽プロム』事件をきっちり入れてくるとは……!

『ザ・プロム』のもとになった事件は、2010年に米国ミシシッピ州で起こりました。レズビアンの高校生、コンスタンス・マクミレン(Constance McMillen)さんが学校から「プロムでのタキシード着用禁止、彼女との参加禁止、たとえ別々に参加しても彼女とペアでダンスしたら追い出す」と言われて訴訟を起こし、州連邦裁判所で争ったんです。詳しくは以下を。

miyakichi.hatenadiary.jp

非シスヘテロの生徒がプロムから排除されるのは、これが初めてだったわけでも(参考:2009年のジョージア州の事件)最後なわけでもありません(参考:2016年のペンシルベニア州の事件)。でもたぶん、もっとも注目されたのは、裁判所が「レズビアンカップルの排除は人権侵害」と示したこのマクミレンさんの事件。そして、『ザ・プロム』がこの実話から着想を得た物語だということは、前々から伝えられていました。けどまさか、マクミレンさんの裁判後に保護者たちが本当にやった、あのひどい「偽プロム」事件までががっつりお話に組み込まれていたとは……! ええ、裁判所が何と言おうとマクミレンさんをプロムに参加させたくなかった親たちは、彼女を騙して偽物のプロム会場に行かせ、他の生徒たちには親たちが用意した秘密の場所で華やかにプロムをやらせるということを実際にやってたんです。

事情をまったく知らない人であれば、映画『ザ・プロム』のあの空っぽのプロム会場の場面は、お話を盛り上げるためのつくりごとだと思ったかもしれません。でも違うんです、現実なんですよあれ。そりゃあ演出されてる部分もある(たとえば実際の『偽プロム』の参加人数は、1人じゃなくて7人でした。それでも十分ひどいんですが)けど、やっぱりあれは現実のメガトンパンチがうなりを上げてる場面なんです。だからこそ一層痛々しいし、もっとおバカなタッチの映画かと思い込んでいた自分など、あそこで完全にノックアウトされました。いやー、つらい。つらいけど、おかげでその分クライマックスから結末までの展開がきわだつわけで、この構成で正解だったと思います。

"Love Thy Neighbor"や悪役描写もよかった

『偽プロム』で打ちのめされたエマを救うため、ブロードウェイ俳優のひとり・トレントがショッピングモールで"Love Thy Neighbor"という曲を歌う場面も大変よかったです。何がいいって、歌詞が。あれは全部、聖書の中身を都合よく選り好みしてゲイを排除するクリスチャンの偽善性を指摘するため、反差別派がずっとずっとずうううっと言ってきたことです。つまり、これもまた現実。びっくりするほど現実。歌を聴かされるティーンたちが当初自分たちの矛盾に気づかず、エマを排除している自分たちは「いい人」でゲイを憎んでなんかいないと思い込んでいるところもめちゃくちゃリアルだと思いました。

「いい人」と言えば、ゲイ・ティーンのプロム参加をはばむ親世代の内面が、わりと踏み込んだところまで描かれているところもよかったです。これに関しては悪役のケリー・ワシントンの演技が光ってたと思うけど、たとえ愛情深い「いい人」でも不安に突き動かされていると簡単に差別に邁進してしまいがちだということがさらっと表現されていたと思います。(ただ、そこからの変化のしかたがけっこうご都合主義的なので、いっそ『ヘアスプレー』のヴェルマやアンバーみたいに最後まで敵役のままにしちゃってもよかったんじゃないかとも思うんですが、このへんは好み次第かも)

エマがあんまりレズビアンっぽくない……

これはキャスティングというより見せ方の問題だと思うんだけど、エマのレズビアンっぽさが舞台版より大幅に減らされてたのが不満でした。たとえば彼女が「偽プロム」に着ていく青いドレスが披露される場面は、舞台の方だとあきらかに「かわいい服なんだけど何かちぐはぐ」な感じが強調されていたと思います。それから、「これはバリー(エマの服を選んであげたゲイの俳優)の趣味であってエマの趣味ではない」感も。ちょっとこのトニー賞授賞式での動画を見てください、特に足元に注目して。

ドレスは新品なのに、ハイカットのくたびれたバスケットシューズを履いてますよね、エマ? これがつまり、バリーのテイスト(青いドレス)とエマのテイスト(バスケットシューズ)とのズレを示してるんだと思います。ところが映画の方にはこの絵は出てこず、エマはいきなり青いドレスとハイヒールのパンプスを身につけた姿で画面に登場。そして、ちぐはぐ感がまったくないわけではないものの、全体的に十分ヘテロ受けしそうなぐらいには似合ってしまっています。これじゃ最後のあのタキシード姿に向けての伏線がめっきり弱くなっちゃうじゃないですか。消すなよ、エマのブッチっぽさを。

作品をNetflixに持ってくるにあたって本当にヘテロ受けを狙おうとした可能性もありそうな気がしますが、これは失敗だったんじゃないかなあ。マクミレンさんのときもそうでしたけど、レズビアンがプロムから追い出されるとき、女子生徒のタキシード着用禁止を口実にされることがすごく多いんですよ。実例はこのあたり。

だからこそ、衣装による主人公のゲイネスの表現にはもっとこだわってほしかったです。

最後に、これは完全に余談なんだけど、トレイシー・ウルマンが地味ーな役で、かつまったく歌わないところも残念でした。うまくてコミカルな人なんだけどな。例を挙げると、"Once Upon a Mattress"(ほら、昔サラ・ジェシカ・パーカーもやってたあのお芝居)の沼地のお姫様役とか、とてもいいんですよ。


まとめ

もうちょっと軽めのコメディーかと思っていたら思いのほか現実ネタてんこ盛りの内容で、驚きつつも楽しく視聴しました。エマの見せ方にはもう少しブロードウェイ版通りのゲイゲイしさが欲しかったし、悪役の変化もいきなり都合よく進みすぎるきらいがあるけれど、配信でぱっと見られるアップリフティングなレズビアンものとしておすすめ。あ、そうだ、長らく「"lesbian"を『レズ』と訳さないと死んじゃう病」を患っていたと思われるNetflixが、この作品に関してはちゃんと「"lesbian"は『レズビアン』、軽蔑的表現の"lez"は『レズ』」と訳し分けていた*1ので、そのへんを心配しておいでの方も大丈夫だと思います。いつかブロードウェイ版をライヴで見に行ける日が来るまで、これを見ながら歌ってることにするよ、あたしゃ。

蛇足

ブロードウェイ版のノヴェライゼーションに、英語版のみならずスペイン語版もあるのも発見。ざっと見たところYA小説だけあって読みやすいし、買うに決まってるでしょこんなん。勉強にもなって一石二鳥。

英語勉強中の方も、まずNetflix映画を見てみて、気に入ったら英語版ノヴェライゼーションを読んでみられてはいかがでしょう。序盤から「インディアナでゲイになるべからず」っていうあの歌詞が地の文で使われてたりして、にやりとさせられますよ。

The Prom (Spanish Edition)

The Prom (Spanish Edition)

*1:でも少なくとも字幕は"homosexual"と"gay"のニュアンスの違いがわからない人がやってたみたいで、そのあたりの訳し方はけっこう雑でした。とりあえずオフェンシヴな訳になってなかったのは幸いだけど、まだ改善の余地があると思います。