石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

学校でのジェンダー・インクルーシヴな表現使用禁止 アルゼンチン・ブエノスアイレス

スペイン語は名詞などに男性形と女性形がある言葉ですが、若者の間では、ジェンダーを限定しない包括的な表現方法が多く使われ始めています。ところがアルゼンチンのブエノスアイレス市は、学校でそれらの包括的な言い方を使うことを禁止してしまいました。理由は、「子供たちに『正しい』ことばの使い方を教える義務があるから」。

詳細は以下。

www.infobae.com

ちょっと前置きを書いておくと、まずスペイン語ではすべての名詞に男性、女性どちらかの性別があります。それで何が起こるかというと、こういうこと。(以下、廣康好美著『NHK出版 これならわかるスペイン語文法』. p. 23. NHK出版より引用)

日本語では「先生」や「友人」と言うとき、その人が男性か女性かは必要がなければ言及しませんが、スペイン語ではamigo m.男性の友人 / amiga f.女性の友人のように言い分けますので、その人が男性か女性かを必ず表現することになります。

このルールを忠実に守っていたら、ノンバイナリーやジェンダーフルイドの友人について言及するときまで、むりやり男性か女性のどちらかに分類しなければならないことになってしまいます。

他にも問題が指摘されているのが、複数形。以下、福嶌教隆/フアン・ロメロ・ディアス著『詳説スペイン語文法』(白水社)p. 95より引用します。


  • 3. 6. 1. 男性名詞と女性名詞の両方を含む集合は、男性名詞複数形で表す。
    • niño(s) 男の子(たち)+niña(s) 女の子(たち)=niños 子どもたち
    • padre 父+madre 母=padres 両親
    • rey 王+reina 王妃=reyes 王夫妻

つまり複数になると、(少なくとも表記上は)女の存在すら消えちゃうんですよ。カリフォルニア大学バークレー校のフリアナ・マルティネス(Juliana Martínez)博士は、このような表現はスペイン語が社会における一般的な人物像を男性としてとらえていることの表れで、非常に性差別的な社会の歴史的産物だと述べています。『詳説スペイン語文法』でも、上記引用部分の直後に「現代では社会の変化により、上記の文法規則が不公平だという主張が出され、さまざまな代替表現が見られる」と説明されており、具体例がいくつか挙げられています。そして、今回のニュースに直接かかわってくるのが、次のくだり(同書p. 95)。


  • 書き言葉で文字oをo/a、osをos/asと表記する。電子メールなどのくだけた文体ではoを@, x, eで表現することがある。
    • alumno(s) 男子生徒(たち)+alumuna(s) 女子生徒(たち)=alumnos/as, alumn@as, alumnxs, alumnes 生徒たち

前置きがすごく長くなったんですが、今回ブエノスアイレス市で禁止されたのは、ここで説明されている「oを@, x, eで表現する」という表記法です。つまりだね、たとえばさまざまなジェンダーの生徒たち全体に向かって、「生徒たちよ!」と呼びかけるポスターを学校の壁に貼るとき、対象のジェンダーを限定しない"¡Alumn@s!"、"¡Alumnxs!"、 "¡Alumnes!"のような表現を使ってはならず、男性名詞複数形の"¡Alumnos!”("alumno"は男子生徒の意なので、リテラリーには『男子生徒たちよ!』としか言ってない)にしなけりゃいけないってこと。なお授業や、保護者との公的なやりとりにおいても「e」「x」「@」を使った表現は禁止なんだそうで、要は「社会における一般的な人物像=男性」という既存の概念に従い続けろってことですね。

Infobaeによると、ブエノスアイレスのソレダード・アクーニャ(Soledad Acuña)教育相は、「e」「x」「@」を使った表現は「混乱を生み出す」ものであって、「このような歪みがあると言語の基礎や文法ルールの学習が難しくなる」と主張しているとのこと。いったいどっちが「歪み」なんだか。それに、「e」「x」「@」を含む表現がソーシャルメディアで既にあたりまえに流通している("bienvenidxs"、"todxs"、"hijes"、"chic@s"等々、ノンネイティブのあたしでさえめっちゃ見かけてるぞ)現状で、今さら誰が何に「混乱」するのかと疑問に思います。子どもには「従来、男性形は無徴(no marcado)であり女性も含まれるとされてきたが、現代では批判も起こっており、『e』『x』『@』を使ってより明確に多くの人を包摂しようとする試みがある」と教えればそれで済むんじゃないの?