石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

笑いと感動と科学がぎっしり。充実の新GBスピンオフ本―『過去からのゴースト(原題:"Ghosts from Our Past: Both Literally and Figuratively: The Study of the Paranormal")』(エリン・ギルバート、アビー・イェーツ&アンドリュー・シェイファー著、Ebury Digital)感想

Ghosts from Our Past: Both Literally and Figuratively: The Study of the Paranormal

最高のモキュメンタリー本

映画『ゴーストバスターズ(2016年)』に出てきたあの本に、NYでの事件後新たなページを加えた改訂版という設定の一冊。笑いとエンパワメントと科学的精神に満ち満ちた傑作であり、中でもエリンとアビーの少女時代を振り返る第1部が最高です。

「オバケ・ガール」と「おさるのジョージーナ」の出会い

映画内で本人たちの口から簡単に説明されたエリンとアビーの子供時代のエピソードは、それだけで十二分に観客の胸を打つものでした。しかし、そこでの感動がプロトンビーム1本分のパワーだったとしたら、この本の第1部はプロトンビーム4本プラスECTO-1号の大爆発ぐらいのエネルギーに満ちていると言っても過言ではありません。そう、本書の第1部はまるまるエリンとアビーの少女時代の話で、スピンオフストーリーとしてとんでもなく出来がいいんです。この部分のためだけに購入しても、余裕でお釣りがくると断言できるほど。

ここで描かれている子供の頃のふたりときたら、あまりにもかわいくて、いじらしくて、そしてやっぱりファニーで、本を抱えて転げまわりたくなるほど魅力的でした。お婆さんの霊を見始める前のエリンの胸痛むエピソードも、映画ではあまり詳しく触れられなかったアビーの過去(あまりの好奇心の強さに母親から『おさるのジョージーナ("Curious George"ならぬ"Curious Georgina")』と呼ばれ、それを学校の意地悪女子たちに知られていじめに遭うも……という内容。あとは読んでのお楽しみ)も、まさに映画版でのふたりのイメージそのものです。いや、むしろ、これを読んだおかげでふたりのキャラ像がいっそう深まったとさえ言えるかも。現在のアビーが、11年生のエリンと初めて交わした会話を振り返るくだりでは、映画のクライマックスにも負けないぐらい心揺さぶられてしまいましたよ。そう、友情とエンパワメントという映画版の2大テーマは、本書の中でも脈々と息づいているのです。

リスニングが大丈夫な方なら、オーディオブックもおすすめです。というのは、ハイスクール時代のエリンとアビーがクラスメイトの前で披露したというラップの部分がとてつもなく笑えるから。ここの! 特に、エリンのパートが! もう完全にクリステン・ウィグがあの顔で大真面目にライムを踏んでいるとしか思えないっ! この本はエリンとアビーが交代で筆を執っているという設定で、オーディオブックでもちゃんとエリン役とアビー役のふたりのナレーターさん(Hillary Huber & Emma Bering)が交代で読み上げてくれているのですが、エリンの声担当の人が特にはまり役なんですよ。いったい何者なんだろう、この人。

ちなみに本書によれば、エリンとアビーのラップの技術は、その昔アビーがデトロイトでマーシャル何とかという名前(本名)の白人の男の子に教わったものにもとづいているのだそうです。つまりあのビッグネーム直伝というわけで、そんな細かな設定にもいちいち笑わされました。リリックこそ「パトリック・スウェイジ」で韻を踏んでいたりしてものすごくアホなんですが、もしも映画に続編ができて、回想シーンでこの場面が出てきたりしたら、あたしゃもう五体投地でハリウッド方面を拝みたくなるほど喜んでしまうことでしょう。

寄稿陣も超豪華

寄稿文(という設定のページ)でも容赦なく笑いを取りに来てますよこの本。「改訂版序文」では、あの高名なマーティン・ハイス博士(リブート版でビル・マーレイが演じたあの役ね)が、この本の最初の版がいかにくだらないと思ったか、そしてエリンたちの研究を信じなかったばかりに自分がどんなに高額の医療費と痛いリハビリに耐える羽目になったかを縷々書き連ねています。さらに巻の後半では、ホルツマンとパティがそれぞれゴーストバスターズの武器やニューヨーク・シティの心霊スポットについてしたためたコラムを寄せていたりします。どれもキャラごとの性格がにじみ出た文章になっていて、映画を見た人ならにやりとさせられること間違いなしです。

しかしながら、もっとも注目すべきは、われらがケヴィンくんもまた一文を寄せているということでしょう。しかも巻末の目立つ箇所で、けっこうなページ数を取って。内容は……ええと、「改訂版はしがき」でのアビーのこの説明だけ紹介しておきましょうか。


われらが多才なる受付係、ケヴィンまでもが書いてくれた……何かを。よくやった、ケヴィン。

Our multitalented receptionist, Kevin, even wrote...a thing. Nice job, Kevin.

たいへんケヴィンらしい文章でしたよ、ちなみに。あれをあのまま載せたアビーたちの愛と忍耐にも、惜しみない拍手を送りたいです。

研究史も手堅くカバー

本書はファン向けの薄っぺらいムックなどではなく、224ページもある堂々たる一冊です。実物を手にするまでは、「架空の理論でどうやってこれだけのページ数を埋めたんだろう」と疑問に思っていたのですが、一読してすっかり謎が解けました。この本は実は超常現象・心霊現象の研究史入門としても楽しめるつくりになっていて、メソポタミア文明における霊の概念から、プリニウスが記した幽霊譚、キリスト教による死者の霊の否定、19世紀の交霊ブームとその衰退、さらにはデューク大学の超能力研究に至るまで、現実世界で実際におこなわれてきた考察や研究がたっぷり紹介されているんです。しかも、アビーとエリンのツッコミ入りで。

「科学者」が書いた本ですから、もちろん古い研究やオカルトを全肯定するような愚は犯さず、特にアビーはフォックス姉妹をはじめとする自称霊媒師たちのいんちきに対してたいへん厳しい姿勢を見せています。一方エリンも、子供時代のアビーが「ミュータント・ニンジャ・タートルズ」人形をライターの炎であぶったときのことを例として、現代の科学者に必要な考え方を解説。これがまた、ハチャメチャなようでいて、ちゃんと「仮説を立て、データを収集し、そこから理論を提唱する」という科学的思考の説明になっていたりします。

つまり本書では、このように歴史的・科学的な下地を入念に固めた上で満を持して虚実の境を突き崩し、映画独自のゴースト理論に触れるという手法がとられているんです。おかげで物語の世界にも入り込みやすかったし、架空の心霊主義者や科学者の顔写真を大真面目に載せるという演出や、ユーモアあふれる比喩(『タイタニック』や『ショーシャンクの空に』など映画ネタ多め)の数々にも気持ちよく笑わせてもらいました。よかった、隅から隅まで架空の数式と図版ばっかりだったらどうしようかと思ってたけど、まったくの杞憂だったわ。

なお、映画内でローワンが悪用した理論の部分がいったいどんな記述になっているのかについては、ここでは伏せます。ここが本書のいちばんのパンチラインですから、ぜひ手に取って実物をご覧ください。オーディオブックの方でも、この部分では音声ならではの手法を用いた渾身のギャグが展開されており、死ぬほど笑わせてもらいました。「改訂版のためのアップデート」として付け加えられているアビーの一文もステキ。

エンパワメントについて補足

上の方でこの本の2大テーマは友情とエンパワメントだと書きましたが、少し補足を。本書におけるエンパワメントは、何もエリンとアビーの間だけのものではありません。読者もまたこのふたりからたっぷりと励まされるはずで、この点もリブート版映画とよく似ていると感じました。

巻頭の著者紹介コーナーによれば、アビーのモットーは「あたしが科学者になれるのなら、誰にだってなれる」なのだそうです。アビーは本文中でも、女性の入会を認めなかった1800年代の心霊クラブの閉鎖性を皮肉ったり(ここの図版が最高。あの地下鉄のグラフィティ・アーティストの場面と同じぐらい最高)、エジソンが言ったという心霊研究に関することばの「人間("man")」の部分を"man (or woman)"と言い直したりして、科学者になれるのは男性だけではないことを強調しています。さらに彼女は、あとがきでも、科学者になるには白衣も学位もいらない、ベンジャミン・フランクリンもファラデーもダーウィンもメアリー・サマヴィルも学位なんて持ってなかったと力説。エリンもここで、大事なのは科学的に考えることなのだという先述の説明を披露して、アビーの意見に全力で賛成しています。

映画を見たときにもまず「小さい子に見てほしい」と思ったものですが、そのスピンオフたるこの本も、やっぱり小さな子たちに読んでほしいとしみじみ思いました。ちょっと前、プロトン・パックを自作した7歳の女の子の写真を見たポール・フェイグ監督が、「わたしたちはこういうことのためにこの映画を撮ったんだよ」とツイートしていたでしょう。ああいう子供、世界中にいっぱいいると思うんですよ。その子たちがこの本を読んで、超常現象調査用持ち物リスト*1を参考にグッズをそろえ、友達と「調査」に乗り出したりして、未知なるものを解明しようとがんばるヨロコビを知ってくれたらいいなあと思います。たとえ将来研究職に就かずとも、小さいうちから何にでもなれるのだと励ましてもらえること、そして科学的に考える練習をすることは、その後の人生のあらゆる局面で必ず役に立つはずです。それに、たとえ調査中に出くわしたゴーストからエクト・ゲロをかけられたとしても大丈夫、その洗浄方法だってこの本にはちゃんと書かれてる*2んですから。

まとめ

「映画だけでもあんなに楽しかったのに、そのスピンオフでもこんなに楽しませてもらえるだなんて、あたしはいったい前世でどんなすばらしい功徳を積んだのだろうか」と思わず非科学的なことを考えてしまうほどよくできたゴーストバスターズ本でした。映画の表現手法には、虚構をドキュメンタリー風に撮る「モキュメンタリー」("mockumentary"、語源はmock+documentary)というものがありますが、この本はそれを書籍の形で、しかもとても高い完成度でやってのけた好例だと思います。エリンとアビーの過去エピソードに涙するもよし、ちょっとした超常現象入門として読むもよし。映画でおなじみの面々(の文章)との再会を楽しむもよし。もちろん、映画に負けず劣らずパワフルなギャグの数々に笑い転げるもよし。惜しむらくはおそらく日本語版は出ないんじゃないかということですが(出るのなら、本邦での封切りと同時に鳴り物入りで書店に並べられていたのでは?)、それでもとにかくおすすめです、この本! 読むと元気になるよ!

Ghosts from Our Past: Both Literally and Figuratively: The Study of the Paranormal

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*1:巻末資料"Paranormal Quickstart Guide"の、"Paratechnology Tool Kit: The Basics"の項参照

*2:第3部11章"Ectoplasm Cleanup Tips: An Update"のページを参照。