石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『プアプアLIPS(1)』(後藤羽矢子、竹書房)感想

プアプアLIPS 1 (バンブー・コミックス)

プアプアLIPS 1 (バンブー・コミックス)

レズビアン漫画の新しい風

読んでびっくり、面白いだけでなく、すんごく新しいですこれ! 『プアプアLIPS』は、主人公「大河岸ナコ」と、バイト先の店長さん「大塚レン」をめぐるほのぼの4コマなんですが、レンのレズビアン設定が地に足がついた非常にまともなものなんですよ。よくある百合萌えパターンでも「レズビアン=色情狂」パターンでもなく、あたりまえの等身大の人間としてキャラを描いているところがすごくフェアだし、それによってレズビアン本人ではなく周囲のストレートのおかしなところを浮き彫りにしていくという描き方が新しいと思いました。主人公ナコの、レンのセクシュアリティをまったく気にしないというノンストレート(※非異性愛者という意味ではなく、異性愛規範を盲信していないという意味です)っぷりも、見ていてとても気持ちよかったです。ちなみにコメディとしてもとても面白かったですよ!

レンというレズビアン像を通じて描かれるもの

1. 面接会場にて:レンが行うスクリーニング

ストーリーは、貧乏娘のナコがパワーストーンのお店にバイトの面接を受けに行くところから始まります。そこで面接会場に現れた美人店長レンが、いきなりこんな発言を(p8)。

あ 最初に言っておきますけど 私レズビアンですから

驚くバイト希望者たちに、レンはにこやかに続けます(p9)。

もちろん私の性癖と仕事は関係ありません
でも長い時間一緒にいれば 情もわくかもしれません
恋愛感情をもつかも知れません
その可能性は考えておいてください

で、ドン引きしたストレート女子一同はそそくさと帰ってしまい、残ったのはナコだけだったんでした。

「そりゃみんな帰るでしょう」と言う前に考えてみてください。店長が異性愛者男性だったとしても、女性のバイト希望者は同じようにドン引きして帰ってしまったでしょうか? 異性愛者男性が女のコに恋愛感情を持つ可能性は当然あります。でも誰も、バイト先の店長がヘテロ男性だからっていちいち引きまくったりしません(万一口説かれたって、嫌なら断れば済む話ですしね)。それがレズビアンだと慌てて逃げ帰ってしまうというのは、そう、つまり、偏見です。「同性愛者はいつでも異性愛者を襲おうとしているのだ! 危険危険!」みたいな偏見ですよ。

レンはそういうことがわかっていて、あえて偏見持ちをスクリーニングするためにわざとこんな発言をしているフシがあります。胸が痛むシーンですけれども、「わかるなー」と深くうなずいてしまったあたしでした。

2. 銭湯の話題にて:ナコが表明するノンストレートな価値観

唯一面接会場を去らなかったナコは、別にレズビアンではないものの、レンに対してくだらない偏見をいっさい持っていません。たとえば彼女がレンを銭湯に誘うシーン(p76)に、そのことがよく表れています。

ナコ「じゃあ レンさん 今日一緒に銭湯行きませんか!?」
レン「あ…あなた私の性癖知ってるでしょ?」
ナコ「レズビアンってことですか?」
レン「…そういう人と混浴するのイヤじゃないの?」
ナコ「でも あたしは全然好みじゃないんでしょ? だったらお父さんとお風呂入るのと変わりませんよー」

なんでここまでわかるんだナコ(笑)。異性愛者がどんな文脈でも即異性の裸に欲情するのではないように、同性愛者だって同性ならなんでもかんでもハァハァってわけではないんですよね。そういうことがごくナチュラルにのみこめているナコのノンストレートっぷりが、とてもよかったです。

余談ですけどあたしの異性愛者女子の親友がちょうどナコみたいな感じなんですよ。こないだうちに遊びにきたとき、「ねえねえ、私最近胸にしこりがあるんだよねー。これって乳腺かな? ちょっと触ってみて」と平気で人に乳を触らせるので、「レズビアンに対して何すかその無防備ぶりは」とむしろあたしの方がたじろぎました。要するにこの友人もナコと同じで、「同性愛者だからって誰でもいいってわけじゃない」ってことがはっきりわかってるんですね。すごく貴重だけれども異性愛者にもこういう人はちゃんといて、そのことがきちんと描かれている『プアプアLIPS』があたしはとても好きです。

3. 「困った人」は誰なのか

ギャグ物の創作作品に登場するレズビアンは、たいていは「百合萌えの人」または「色情狂」です。つまり、レズビアンを「ヘテロ女子にハァハァして追いかけ回す、ちょっと困った人」として描き、お話の焦点はそのレズビアンのバカさやはた迷惑さを笑うことに置かれるというわけ。
ところが『プアプアLIPS』はそうじゃない。レンは誰にも襲いかからないごくあたりまえのレズビアンだし、ナコも別に迷惑に思ったりしていません。そして、「ちょっと困った人」なのは、むしろ彼女たちの周囲です。

面接でそそくさと帰ってしまうストレート女子以外にも、レンに対して偏見を持つ人は出てきます。レンの母は「顔を合わせるとすぐレズビアンやめろとか言う」人ですし(p27)、ナコの高校の同級生・古井くんに至ってはもっとあからさまに

お前がバイトしてるとこの店長 レズビアンなんだって? (引用者中略)お前 あの店長 何かヘンなこととかされてねー?

とナコに質問をぶつけたりしています(p52)。こうした日常のささやかな棘のリアル感と言ったら! 本当にはた迷惑なのは異性愛者の妄想の中にだけ存在する「色情狂のレズビアン」ではなく、「良かれと思って知らず知らず差別的な言動をとるストレート」だということをさりげなく示してくれている貴重な漫画だなあと思いました。

その他いろいろ

  1. コメディとしてもすごく面白いです。ナコの怒涛の貧乏っぷりとか、レンが古井くんと張り合ってむきになるところとか、たまりません。
  2. キャラがとにかく可愛い! メインキャラふたりの愛らしさは表紙を見ればわかる通りですが、古井くんだって別に悪い人じゃないんですよ。基本的にみんなキュートで、「迫害される悲劇のレズビアン」みたいなだっさい話には決して傾かないところが最高です。
  3. レンのいじらしい恋心に泣けます。実はこれ、ほのぼのギャグでコーティングされた切ない恋愛(当然、女のコ同士の)ストーリーとしても充分読めるお話なんですよね。p109最終コマのレンの独白なんて、じんとしました。
  4. 何のためらいもなく「レズビアン」という語が使われまくっていることに感動。いや別に他の語を使ったっていいんですが、「レズビアン」という語を避けて言い換えよう言い換えようとするのは、まるで「レズビアン=悪いこと」みたいで嫌なんですよ個人的に。レンというステキなキャラが堂々と「レズビアン」を名乗ってくれているのは、同じ女性同性愛者としてとても心強いなと思いました。
  5. ひとつだけひっかかったのが、セクシュアリティが終始「性癖」と称されているところ。辞書をひけばわかることですが「性癖」はセクシュアルな指向/嗜好を表すことばではなく「性質の片寄り。くせ」を表すものですから、用語として間違ってます。

まとめ

レズビアンの扱い方が大変まともなほのぼのギャグ4コマ。キャラは皆キュートだし、コメディとしてもすばらしいし、その上で無邪気なストレートの偏見をさりげなく描いてみせるという手腕に惚れました。「性癖」という語の使われ方だけはやや疑問を感じましたが、全体的に面白くて深い、素敵な作品だと思います。ていうかレンの恋がどうなるのか気になってたまらんので(実るにしろ実らないにしろ、味わい深いと思うんだわー)今から2巻が待ち切れません!