石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『プアプアLIPS(2)』(後藤羽矢子、竹書房)感想

プアプアLIPS(2) (バンブー・コミックス)

プアプアLIPS(2) (バンブー・コミックス)

じりじりと進んでゆく恋模様

美人レズビアン「大塚レン」と、貧乏バイト少女「大河岸ナコ」のラブコメ百合4コマ、第2巻。さまざまなきっかけでナコの側もレンを意識するようになり、じりじりと恋が進展しています。恋愛初期の甘酸っぱい心の揺れを丹念に追うのみならず、1巻以来の「好きな人を喜ばせるにはどうすれば?」というテーマがしっかりと追求されているところがよかった。また、相変わらず偏見というものの描き方がすさまじく巧いところにも唸らされました。1巻と同じく、メインカップルの恋路にナコの友人「古井くん」(♂)の横槍が入るところだけは心配ですが、今のままなら男女3人でのおつきあい突入みたいな地雷展開はないかも? ハラハラしつつも行く先を見守りたい、そんな作品です。

恋愛初期の甘さと痛み

今回特筆すべきはナコの側の心の動き。1巻でも少しずつレンに惹かれつつあった彼女ですが、今回はレンに抱き締められた感触が忘れられないとか、キスしそうになってドキドキするとか、なぜかレンを目で追ってしまうとか、より身体の感覚をともなった好き感情の芽生えが綿密に描かれています。レンのためにボロボロと涙を流してしまう場面(p. 71)などの、キュンとくる痛みもよかった。

ちなみにレンの方は相変わらず「往生際ぎわが悪」く、「別にあの子が好きってわけじゃないけど!」とひとりで葛藤中(p. 67)。レンの気持ちをすべて見通しているのは家政婦の渡瀬さんのみ、というなんとも悩ましい情況なのでした。とっくに両思いなはずのふたりがこのようにジタバタする姿をもどかしく見守る、というのがこの巻の醍醐味かと思います。

「好きな人を喜ばせるにはどうすれば?」というテーマ

レンのお店が潰れるという新展開には驚きましたが、1巻から通して読んでみると、この裏にはレンがずっと抱え込んでいる「お金以外で好きな人を喜ばせるにはどうすればいいのか」というテーマが脈々と流れていることがわかります。実はもう読者にはその答えはわかっているのですが、貧乏によっていわば「背水の陣」に叩き込まれたレンがいつその答えに気がつくか楽しみ。

偏見の扱い方について

1巻とおなじく、これが非常にうまいんだ。同性愛者に向けられる偏見を鮮やかにあぶり出しつつ、レズビアンをただの「かわいそうなマイノリティ」として一方的に同情して終わりではないところがすばらしい。

まず、レンの母がレンに見合いをさせようとして言い放つ言葉の数々(p. 43)をご覧ください。

結婚というゴールのない関係は愛人と同じよ

はしかのようなものと思って大目にみていた

(引用者中略)

一体いつになったら治るのかしら?

(レンに『レズビアンじゃなくなるときは頭がおかしくなったときだ』と言われて)じゃあおかしくなりなさい その方が平穏な人生おくれるわよ

どれもうんざりするほどよくある、そして、いつになっても肺腑を抉る言い回しだと思います。よかれと思って言っているからこそタチが悪い、というところもリアル感満点。こういう台詞を容赦なく登場させておいてから、レンやナコによるアンチテーゼを提示する、という起伏のつけ方が面白かったです。

また、ナコが石井くんとの賭けでレンに迫るシークエンスのつらさも特筆もの。おおかたの事情を察したレンが、

あんまり悪ふざけはしちゃダメよ…

と笑ってみせるあの表情(p. 38)ときたら。ただの自嘲や諦念だけでなく、内面化されたホモフォビアをも暗示する、雄弁な1コマだと思います。

しかしこの漫画が本当にすごいのは、このようにホモフォビアをまざまざと描きつつも、単にレンを「おかわいそうな被害者」と位置づけて終わってしまわないこと。たとえば古井くんとの言い争いでは、レズビアンだからああだこうだと決めつける古井くんに対し、

ああやだやだ男って すぐにすべてを下半身に直結させるのよね

と切り返してる(p. 98)んですよねレンは。つまり、

  • 「レズビアンはこういうもの」

という失礼な決めつけに対し、

  • 「男とはこういうもの」

という失礼な決めつけをぶつけ返しているわけ。要するにレンの中にも偏見はあるし、女同士であることを都合よく利用している部分もあるんです。レズビアンのキャラクタが単なるお涙ちょうだい用の無垢な存在ではなく、ズルさも偏見も合わせ持つ生身の人間として描かれているところが、なんだか嬉しかったです。

地雷展開はないかも?

1巻とおなじく古井くんがうろちょろしているので、「百合に男はいらん」派の方には向かないかも。でも、2巻を見る限り、古井くんも混ぜた3Pというかハーレム展開というか複数人数でのおつきあい展開はないんじゃないかなーという気がしないでもないです。何より、レンが男を好きになったり、男とナコを共有したがったりするとは思えないので。そのへんが『シスコなふたり』との違いかなあ。ちなみにここであたしが言う「地雷」は、ヘテロ(あるいはバイセクシュアル)展開がダメだとかポリアモリー許すまじとかいう意味ではなく、単にこの作品においてレンが悲しみそうな流れは見たくないという意味です。念のため。

まとめ

今回も面白かったです。もどかしくも甘酸っぱい恋模様を楽しむもよし、偏見の描き方の鋭さに感嘆するもよし。波乱に満ちた展開の中で、レンとナコが今後どのように自分の求める答えを見つけていくのか、楽しみです。