石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

映画『4分間のピアニスト』感想

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女性同士の絆による、魂の回復劇

レズビアンの老ピアノ教師クリューガー先生と、殺人罪で服役中の10代少女ジェニーが、ピアノのレッスンを通じて心の絆を築いていくというヒューマンドラマ。いい映画でした。レズビアニズムがメインテーマの作品ではないのですが、クリューガー先生のつらい過去のエピソードが胸に刺さること刺さること。ちなみに、年齢も性格もまるで違うこの女性たちの共通点は、両方とも男性による暴力的支配の中で深く傷つき、心を閉ざしているという点です。このふたりがぶつかり合いながら心を通わせ、それぞれ少しずつ変わっていくさまが感動的で、特にラストシーンは鳥肌立ちました。疾走感あるストーリーラインもよかったし、観客をぐいぐいと物語世界に引っ張り込む音楽と映像の力もすばらしかったです。

ストーリーについて

80歳になる老ピアノ教師が、服役中の少女のピアノの才を見いだし、荒れ狂う彼女をなんとかコンクールに出場させようと尽力する話――と書くと、クリューガー先生をヘレン・ケラーに根気よく教育するサリバン先生か、はたまた『ミュージック・オブ・ハート』におけるメリル・ストリープかと受け止めてしまう人もいるかと思います。でもこれは、そういう話ではないんです。
傷ついて心を閉ざし切っているのは、ジェニーだけでなくクリューガー先生も同じ。ただその表れ方が違うだけ。『4分間のピアニスト』は、このふたつの傷ついた魂がピアノを通じて壮絶に格闘し、連帯し、回復していくさまを描く映画であって、ふたりの立場は実は対等なんです。それをもっともよく表しているのが、タイトル通り4分間の圧倒的な演奏が披露されるラストの場面。タイトにひきしまった展開で一気にそこまで駆け抜けていくストーリーラインに、惜しみない拍手を送りたいと思います。

女性同士の連帯について

これがもうホントによくてねー。上の方で「レズビアニズムがメインテーマのお話ではない」と書きましたが、正確に言うと、「レズビアニズムをも内包した、女同士の連帯」の物語だと思うんですよこれは。

同性愛者のクリューガー先生はナチスに、元天才児のジェニーは養父によって手ひどく痛めつけられた過去を持っています。そして現在も、男性の刑務所長や看守が彼女たちを苦しめます。そんな中、荒れ狂う獣のようだったジェニーがついにクリューガー先生に心を開き、

「それじゃあ私から言う。今まで恋人にも言ったことないけど。好きだよ。あんたは? 私が好き?」

と無邪気に言い出す場面のあの感動ときたら。

ジェニーだけでなく、厳格で四角四面なクリューガー先生も次第に変わっていくところがポイントです。いわばこれは、男社会に踏みにじられた女ふたりが互いの存在によって得た力で反撃に転じる物語であり、なまじっかなラブストーリーよりもよっぽど深くて強固な心のつながりが描かれていると思います。むしろ、恋愛という小さな枠に押し込めないためにこそ、ここまで年の離れた女性同士という設定にしたんじゃないかと思いますね。

あとひとつ面白かったのが、彼女たちの味方となる男性たちの描写。クリューガー先生を尊敬する元受刑者だったり、おのれの罪を悔いる看守や養父だったりと、こちらもなんらかの意味で傷ついている人たちばかりなんです。そういう意味では、この映画は、女性だけでなく「弱き者たち全般」の痛みと回復を描いていると言ってもいいかも。そのへんの深さが面白かったです。

音楽と映像について

冒頭の数分を見るだけで、その魅力は明らか。実はこの部分がラストシーンへの軽い伏線にもなっていたりするところも面白いです。また、フラッシュバックを使って何度かさしはさまれるクリューガー先生の過去恋愛の場面の、痛々しいまでの美しさもよかった。夢のように美しいだけによけいにつらい、という繊細かつアンビヴァレントな描き方なんですよ。

その他いろいろ

  • 看守のミュッツェの人物造形が面白かったです。一見いい人そうな顔の下に隠れた嫉妬心や残虐性、どうあがいても芸術の高みには上れない俗っぽさ、等々。「男と女」という対比のみならず、「天才と俗人」という対比をもぐりぐりとえぐり出してみせるキャラクタだと思います。
  • クリューガー先生とジェニーが服を交換するエピソードなど、さりげないユーモアもいい味出してました(あのTシャツのデザインときたら!)。
  • 「一から十までは説明しない」というスタイルのお話なので、そこに不満を感じる人もいるかも? あたしはそこがかえっていいと思いましたけど。

まとめ

傷ついた女性ふたりの魂の救済と再生を描く、美しくも壮絶な映画だと思います。レズビアン映画としても、さらにその枠を超えた「女性同士の絆」を描く映画としても必見の一本です。