- 作者: 尚村透
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2009/09/18
- メディア: コミック
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どこかで見たような設定の「男尊女卑」物語
男尊女卑にもとづくバーチャルゲーム「エグザクラン」が行われている私立ユートピア学園で、主人公「ソラ」(♀)が、女の子(プリンセス)を守る騎士(ナイト)として奮闘する物語。タイトルがミルトンまたは渡辺淳一の、そして世界観がウテナの流用なのはまだいいとしても、肝心の「男尊女卑」のとらえ方が浅すぎるところが致命的。ソラが助けた女のコたちといちゃいちゃするところをもって「百合」と解釈することはできますが、このまま大きな路線変更がないようであれば、男尊女卑をなまぬるく肯定するだけで終わってしまいかねない作品だと思います。
タイトルについて
『失楽園』と言われて世界中の人が連想するのはジョン・ミルトンのそれ(Paradise Lost)でしょう。日本人だけは渡辺淳一を連想するかもしれませんが。
で、少なくとも今のところは、この漫画にあえてそういう有名なタイトルを流用する意味がわからないんですよ。ひょっとしたら今後、たとえば「アダムに相当する主人公が、善悪の区別を知ったかどで学園(=paradise)を追放される(そしてユートピア学園の外に楽園を築く)」みたいなミルトン版をなぞったオチが用意されているのかもしれませんが、1巻を見る限り正直言って名前負けの感が否めません。
世界観について
私立ユートピア学園には、エグザクランという名の「学園島をフィールドにした対戦型バーチャルリアリティゲーム」が導入されています。エグザクランのルールは
- 学園内の女子はすべて固有の武器を提供できる
- ただしその女子を「所有し・守る」と「誓約(イーリス)」した男子に対してのみ
- 女子の提供する武器は胸から生えてくる
- 男子生徒はその武器を使って対戦を楽しむ
- ゲームに参加するには、ある種のマークがついた手袋を所有していなければならない
- 対戦の勝者は敗者の武器、つまり女の子の所有権をもらえる
というもの。
ここまで説明すればおわかりになる通り、これは『少女革命ウテナ』と非常に似通った設定です。単に「薔薇の刻印」の指輪を手袋に置き換え、武器を剣だけでなく銃も提供できるようにしただけ。そう言えば、女子の制服はスカートなのに、なぜかソラだけ例外的にだけズボン(正確には短パンですが)をはいているあたりも、ウテナを思わせます。
で、これもまた、あんなに有名な作品の世界観をあっさり流用してしまう意図がつかめないんですよ。ここまでウテナの設定をなぞりたいのであれば、二次創作をした方が早いのでは? 「主人公が男尊女卑な校風と戦う」という設定だけは新しいものの、後述するようにそれも成功しているとは思えません。少なくとも1巻までの印象では、「ウテナ的な世界で何か新しいことをやろうとして空回りしている」というように見受けられます。
男尊女卑について
私立ユートピア学園の校風は徹底的な男尊女卑であり、エグザクランも「女子生徒をさらに虐げるため」に導入されたことになっています。ソラはそのような校風に反発し、女の子(プリンセス)を守る騎士(ナイト)として戦いを繰り広げるという設定です。
が。
ソラに助けられた女のコたちとソラとの関係に注目。女のコたちはソラを様づけで呼んで敬語を使い、
という一種のハーレム状態(p. 138)を形成しています。ソラのやり方に反対するコにしても、少なくとも敬語は崩しません。対するソラは1人称「僕」で、徹頭徹尾タメ口。これじゃ、ソラのやっていることは「悪い男尊女卑」を「いい男尊女卑」にスライドさせただけです。結局ソラは女のコたちと対等な関係を作らず、「僕」であり「騎士」である自分が一方的に崇拝される状態に何の疑問も感じてないわけですからね。男尊女卑と戦うフリをしながら、やっていることは「理想の男尊女卑」「きれいな男尊女卑」の提示にすぎないという、なんとも消化不良感のただよう内容だったと思います。「ソラ様に助けてもらえて本当に幸せです」
「ソラ様のお役に立てるならなんだって平気です…!!」
その他
絵はとてもきれいです。また、ソラの親友「ツキ」の思わせぶりな言動も気になるところです。ツキの言う、このゲームの「別の目的」の正体次第では、上に書いてきたような批判は全部ひっくり返る可能性もあり、そこに一縷の望みを託して2巻以降を読みたいと思います。
まとめ
タイトルにも各種設定にも既視感があり、ストーリーは今のところ「きれいな男尊女卑」の称揚という、いかんせん誉めどころが見つけにくい作品でした。今後何か大きなどんでん返しがあるといいのですが。