石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『クシエルの使徒(1〜3)』(ジャクリーン・ケアリー[著]/和爾桃子[訳]、早川書房)感想

クシエルの使徒〈1〉深紅の衣 (ハヤカワ文庫FT)

クシエルの使徒〈1〉深紅の衣 (ハヤカワ文庫FT)

クシエルの使徒〈2〉白鳥の女王 (ハヤカワ文庫FT)

クシエルの使徒〈2〉白鳥の女王 (ハヤカワ文庫FT)

クシエルの使徒〈3〉罪人たちの迷宮 (ハヤカワ文庫FT)

クシエルの使徒〈3〉罪人たちの迷宮 (ハヤカワ文庫FT)

前作より若干パワーダウン、でも単品としてはナイス

『クシエルの矢』に続く、クシエル・シリーズの第2部です。今回は、ヒロイン・フェードルが宿敵メリザンドの行方を追う冒険が描かれます。ファンタジーとしては十分な面白さをたたえた作品ですが、前作『クシエルの矢』が偉大すぎて、若干見劣りしてしまうところが残念。具体的には固有名詞が多すぎるところ、伝説やフェードルの出くわす逆境に既視感が感じられるところ、そしてエピローグにハリウッド的な予定調和感が漂うところ等が今ひとつでした。そうは言っても物語後半の盛り上がりはすさまじく、やはり一級品の冒険ファンタジー小説であることに変わりはありません。フェードルとメリザンドとのあれこれもよかったです。スタンドアローンとしては、よくできた作品と評価できると思います。

『クシエルの使徒』でのフェードルとメリザンドについて

そうやって呆然と立っているうちに、心臓ばかりが破れそうに鼓動を早める。
近すぎる。美しすぎる。
危険すぎる。
メリザンドが身を固めてキスした。

という描写から始まる官能シーン(2巻pp. 222 - 223)がすばらしかったです。すごいよ。エロいよ。完全に女性視点の性愛描写だよ! またHシーン以外でも、相変わらず「敵意と愛憎と情欲の葛藤ありったけ」(3巻p. 289)がこめられた関係であるところにぞくぞくさせられました。特に3巻のアシェラット神殿でのやりとりは必見。かつて異国でジョスランが使おうとしたあの剣技が、まさかこんな場面で生きてくるなんて!

フェードルとメリザンドのそれぞれが象徴するマゾヒズムとサディズムのせめぎあいは、クシエル・シリーズの大きなテーマのひとつだと思います。今のところ第1部でメリザンドに1本、この第2部でフェードルに1本入った形になっています。まったくテンションをゆるめずにおそらく第3部までなだれこむこのふたりの関係が、とてもよかったです。

その他よかったところ

まず2巻ラストから3巻にかけての怒濤の展開が最高です。特に2巻の結末は、あれを読んですぐ続きを読まずにいられる人がいるのかと思うぐらい。あたしは3冊全部揃えてから読み始めたことを聖エルーア様に感謝しましたよ。3巻でフェードルの立てた戦略の数々にも好奇心をかきたてられ、むさぼるように読み進めてしまいました。そんなわけで、後半での疾走感が本当にみごとな小説です。

また、情け容赦なく人が殺される場面を含みつつも、相変わらず力や正義をやたらと美化しないところもよかったです。「無敵のヒーローが力で敵をなぎ倒してガハハと喜ぶお話」ではなく、あくまで「ひとりの女性が、機知と才覚を武器に、手探りで運命を切り開いていく物語」なんですよねこれは。もちろんフェードルとて必要に迫られれば人を殺しもするのですが(そのへんはデローネイ仕込みですからね!)、そうした行為へのまなざしが既存のファンタジー小説よりはるかに繊細で、新鮮でした。

フェードルの、メリザンド以外との性愛描写も楽しく読みました。特に極東の「太陽の帝国」の緊縛術を使うニコラ・ド・ランヴェール・イ・アラゴンとのベッドシーンとか。あの縛り方は、どこをどう見ても、日本のあのボンデージ技術。この世界にも「日本」が存在することがなんだか嬉しかったし、単純に女性同士のSMセックスとしてもよくできたシークエンスだと思います。ポルノ的なやっつけ感がなく、女ふたりで貪欲に性愛を味わっているといった感じの描写なんですよね。

でも、このへんは今いち

前半での、第1部以上の固有名詞の嵐にとても疲れました。第2部第1巻「深紅の衣」はメリザンド逃亡劇の黒幕探しが主体で、ミステリに近い作りになっています。が、犯人が見つかるまでに出てくる人名の多いこと多いこと。迂闊にもメモをとらずに読んでいた自分はしまいに混乱をきたし、決定的な場面でカタルシスを味わいそこねました。巻頭の人物紹介に20人しか載せていない早川書房が悪い、という見方もできますが、そもそも20人でも足りないほどの固有名詞ラッシュ自体が問題だとも言えます。

現実世界での国や伝説のイメージを加工なしで流用しすぎなところにも、首をひねらざるを得ません。特にクリティ島なんて、あれはもう単なるギリシャとギリシャ神話なのでは。ギリシャ神話が読みたければ、最初からそっちを読みます。せっかくファンタジーとして新しく出版する作品なのですから、何かもう少しオリジナルな要素が欲しかったところです。

他には、ヒロインの陥る苦境や、第3巻のエピローグが新味に欠けるところも残念でした。「異国で虜囚となる→首領と体の関係を持つ→決死の脱出劇」って、それ何てスカルディア編。エピローグがなんだかハリウッド的なヘテヘテ予定調和に見えてしまうところも、肩すかしでないと言ったら嘘になります。このあたりにもう少しスパイスを効かせてくれたら、もっとよかったのでは。

まとめ

いちファンタジー小説としてはじゅうぶん合格点をつけられる面白さ。後半の怒濤の展開も、メリザンドとの緊張感あふれる愛憎劇もとても楽しかったです。ただし、素晴らしすぎた第1部に比べるといささか粗が目立つことは否めません。結論としては、「goodだけどgreatではない作品」という位置づけになるかと。もう少し登場人物の数を刈り込んで、第2部ならではのオリジナル要素を盛り込んでくれたら、もっとよかったのではないかと思います。