石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

「アメリカよ、これが勇気だ」? ケイトリン批判のつもりで貼られた兵士の写真は実は……

Welcome to Marwencol

トランス女性として雑誌の表紙を飾ったケイトリン・ジェンナー(ジェナー)の勇気が誉め称えられることが気に入らなかったひとりの男性が、「本当のアメリカの勇気」として戦場の兵士の写真をSNSに貼りました。でもその写真、実は意外な背景があったんです。

詳細は以下。

After A Man's Post About Caitlyn Jenner Went Viral He Learned A Valuable Lesson In Irony

ケイトリン・ジェンナーはモントリオール五輪で金メダルを獲った元陸上選手で、元の名前は「ブルース・ジェンナー」。カーダシアン一家の一員としてリアリティ番組にも出ています。2015年4月にトランスジェンダーであることをカミングアウトし、「ケイトリン」と改名して、雑誌「ヴァニティ・フェア」2015年7月号の表紙を飾りました。

ソーシャルメディアなどでは、多くの人がケイトリンの勇気を称賛。それが気にくわなかった米国オレゴン州のテリー・コーフィー(Terry Coffey)なる人物は、2015年6月1日にFacebookでこんなことを書きました。

ケイトリンが女性へと性別移行したことについての投稿につぐ投稿を見て、勇敢だのヒロイズムだの勇気だのということばを耳にしたので、本当のアメリカの勇気、ヒロイズム、勇敢さがどんなものだかみんなに思い出させようと思いました!

As I see post after post about Bruce Jenner's transition to a woman, and I hear words like, bravery, heroism, and courage, just thought I'd remind all of us what real American courage, heroism, and bravery looks like!

コーフィー氏がこのポストに添えた写真は、こんな。


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これが彼が考えるところの「本当のアメリカの勇気、ヒロイズム、勇敢さ」らしいです。140人以上の人が、このポストに「いいね!」をつけています。しかし、鍛え抜かれたジャパニーズオタクなら、ひと目でわかるはず。これがフィギュアの写真だということが。

コーフィー氏はこの写真の出所を知らなかったようです。これは実は映画『MARWENCOL』の一コマ。そして、『MARWENCOL』は、クロスドレッサー(異性装者)であるために5人の男性から暴力をふるわれて記憶喪失となったアーティスト、マーク・ホーガンキャンプ(Mark Hogancamp)氏を題材とするドキュメンタリー作品。この兵士の画像は、実はホーガンキャンプ氏がリハビリのために作ったフィギュアを撮ったものだったんでした。

『MARWENCOL』のトレイラーはこちら。

ホーガンキャンプ氏は2000年4月8日、ニューヨークのバーの外で叩きのめされて意識不明の重傷を負い、すべての記憶を失いました。トレイラーによれば、頭部を蹴られたり、縛られた上で刃物で切りつけられたりするという、相当ひどい暴力事件だったようです。一命をとりとめたホーガンキャンプ氏は、リハビリのために「Marwencol」と名付けた想像上の町の1/6スケールモデルの製作に取り組んでいます。この町の時代設定は、第二次世界大戦中。コーフィー氏がFacebookに貼り付けた、他の兵士に担がれながら銃を撃つ兵士のフィギュアも、トレイラー内に出てきます。

コーフィー氏にしてみれば、マチズモを称揚してトランス女性の勇気を相対的に貶めるはずが、「ヘイトクライムを乗り越えるクロスドレッサーの勇気」を象徴する写真を紹介してしまったわけで、皮肉と言えばこんな皮肉な話もありません。その後、事態に気づいたコーフィー氏は、翌日のポストで、急いで画像検索したためにあの画像を選んでしまったこと、写真はホーガンキャンプ氏によるもので、その背景には憎悪による暴力事件があったことなどを丁寧に説明し、こう結んでいます。

勇敢さを描く何百もの写真からどれを選んでもおかしくなかったのに、わたしはこの1枚を選びました。わたしがそれを偶然だと思っているかって?

いいえ、そうは思っていません。

この人に起こったことは残酷で、間違っていて、許されないことです。

憎悪は何の役にも立たず、

愛はだれも傷つけず、

神はすべてを癒します。

(そして皮肉は人に考えさせるのです)

I could have chosen any one of hundreds of photos depicting bravery, but I chose this one. Do I think it was an accident?

No, I don't.

What happened to this man was cruel, wrong, and unforgivable.

Hate helps nothing

Love wounds no one

and God heals all.

(and irony makes you think)

こんなことってあるんだねえ。

勇気にもいろいろな形があります。コーフィー氏が元ポストを消して「なかったこと」にしたりせず、翌日のポストできちんと説明したこともまた、とても勇気ある行為だと思います。元ポストは目下約80万回シェアされてるんですが、それが実は壮大な皮肉であったこともちゃんと広まってくれてるといいな。