豪シドニー市庁舎前に、同性愛者の親を持つ子供たちの写真と、その子たちのことばを載せた巨大パネルが7枚展示されました。展示のねらいは、同性カップルの育児について議論する人々に、こういう子たちが既にいて自分の意見も言えるのだと知ってもらうこと。
詳細は以下。
LOOK: Gayby Baby photos hit Sydney CBD
展示のようすはこちらです。
In Sydney? Look out for the @gaybybaby Public Photo Exhibit on George Street. #GaybyBaby pic.twitter.com/OIPAMjivAZ
— Madman Films (@MadmanFilms) 2016, 2月 18
LOOK what's just been installed in Sydney's CBD! Huge @gaybybaby pics: https://t.co/nYQSIc0dDL pic.twitter.com/ouVJbgu3GN
— SameSame.com.au (@samesame) 2016, 2月 18
There’s nothing hypothetical about these young people https://t.co/VrFwjDEbjT @headonphotofest @gaybybaby pic.twitter.com/MNR9aAsxfF
— Clover Moore (@CloverMoore) 2016, 2月 18
Portraits of gaybies on display outside Town Hall @HeadOnPhotoFest @gaybybaby https://t.co/qe4QGuUWUs via @samesame pic.twitter.com/pk2I3czlaG
— City of Sydney (@cityofsydney) 2016, 2月 22
これらの写真は、写真家のジェズ・スミス(Jez Smith)氏とケイシー・レグラー(Casey Legler)氏による「ゲイビーズ:わたしたちは仮定の存在じゃありません(“Gaybies: We are not a hypothetical”)」シリーズの一部。両氏はまた、2015年に発表されたドキュメンタリー映画『ゲイビー・ベイビー(Gayby Baby)』の制作者でもあります。
「この子たち(訳注:LGBTQIの親を持つ子供たちのこと)の存在に関する議論が荒れ狂っていて、たくさんの人が、彼らの考えや気持ちがわかると主張しています」と、展示の説明文には書かれている。「実際には、彼らはもう存在していて、自分で自分の意見が言えるのです」
“Debate rages about these children’s existence, with many claiming to understand how they think and feel,” the exhibit description reads. “The truth is they are already here and can speak for themselves.
BuzzFeedによれば、写真の子供たちのひとり、Sunnaiさん(17)は市の中心部にこうした写真が飾られることを「すごい」と言っているとのこと。ふたりのママに育てられた彼女は、同性カップルが子供を育てることは「正常とみなされてあたりまえ」だと言っています。
「子供が『自分は受け入れられているんだ』と感じることができ、そして子供には正しいことを示してくれるような愛ある幸せな家庭で育てられたら、そんなことは全然問題じゃありません」
“If you’re brought up with a loving, happy family that makes you feel accepted and shows you the right things, then it shouldn’t matter at all.”
また、Maeve Marsdenさん(32)の意見はこう。
「キリスト教右派はいつも、わたしたちの代理として悲観的な話をしてきました」と彼女は言う。「それからまた、わたしたちの親世代は、LGBTの権利擁護のための手段としてわたしたちを代表して話をしてきたところがいくぶんかあると思います。彼らがそうしたことは本当にうれしいです、というのは、彼らはわたしの権利も同じように擁護していたわけですからね」
“The Christian right have always spoken on our behalf in negative ways,” she says. “I also think there’s an element to which our parents’ generation have spoken on our behalf as a tool for LGBT advocacy. I’m really glad they did that, because they were advocating for my rights as well.”
シドニーを州都とするニュースサウスウェールズ州では2015年8月、エイドリアン・ピコリ(Adrian Piccoli)教育大臣によって、映画『ゲイビー・ベイビー』の学校での上映が禁止されてしまっています。同映画のマヤ・ニューウェル(Maya Newell)監督は、今回の展示で誰でも見られる場所に「ゲイビー」たちの写真が飾られたことにわくわくしているとのこと。
「考え得る限り、街じゅうでいちばん目に入りやすい場所なんですよ」と彼女は言った。公共アートのすばらしい点はそこです。誰でもアクセスできるんです」
「クィアなコミュニティとあまり交流がない人や、単に仕事に行く途中の人でも、座って、交流して、ゲイ・ファミリーについて知ることができます。さしたる努力もいりません」。
“It’s the best possible visible spot in the whole city,” she says. “That’s what’s wonderful about public art – it’s accessible to everyone.” “If you’re somebody who doesn’t interact with the queer community very often, or you’re just coming to work – you have an opportunity to sit and interact and learn about gay families without much effort.”
この写真展は2016年3月8日まで開催されるとのことです。
同性愛者の親を持つ子供たちについて、「たくさんの人が、彼らの考えや気持ちがわかると主張し」たり、勝手に気持ちを代弁して「悲観的な話」をしたりしているという状況は、日本もさほど変わらないような気がします。同性愛者やゲイビーズの知り合いがひとりもいないにもかかわらず、想像だけでやれかわいそうだの、いじめられるだの、親を恨むに違いないだのと言い立てる人もいて、「ゲイビーズはおまえの腹話術の人形じゃねえ」といつも思います。
そういう腹話術が大好きな人に聞いてみたいことがひとつ。以下は映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のキャラ、ドラックスの紹介動画なんですが、まずはこれをごらんになってくださいな。
ドラックス役のデビッド・バウティスタ(David Bautista)はWWEで6度もワールドチャンピオンに輝いた元プロレスラーで、つまりあの筋肉は本物です。レスラーとしてのドキュメンタリー動画はこちら。
さて、ここで質問なんですが。同性愛者に育てられた子の気持ちを代弁できると自負して悲観的意見を並べている皆さまは、リングで戦うバウティスタの姿を見たとき、あるいは道端でこの筋肉モリモリの俳優とすれ違ったとき、いきなり「かわいそう! この人、いじめられるに違いない! 親を恨んでいるはず!」とかなんとか思うわけ?
思わないでしょ。親が同性愛者であるかないかは、見た目だけではわからないんだから。もっというと、見た目のみならず人間の中身だって、親が異性愛者か同性愛者かで特に変わったりしない*1んだから。
今日こちらの記事の追記にも書いたのですが、デビッド・バウティスタのお母さんはレズビアンです。バウティスタは先日アンチゲイ発言をしたマニー・パッキャオのことを「ファッキンな馬鹿」とこきおろしています。自分の母親を侮辱する人に対しては「ケツの穴に足を突っ込んでやる」とも。ゲイ家庭の子供をダシにした腹話術でせっせとホモフォビアを披露している皆さまも、せいぜい気をおつけになった方がいいと思うわ。
『My Two Moms: Lessons of Love, Strength, and What Makes a Family』の著者で、レズビアンカップルを母に持つザック・ウォールス(Zach Wahls)は、同性カップルに育てられるということはせいぜい「人と違った色の靴下をはいている」ぐらいの意味しか持たないと書いています。自分から教えない限り誰も気づかないし、そもそもどんな色の靴下をはいていようとその人の中身が変わったりはしないと。実際、ザックと会った人で、彼が何も言わないうちから彼にはふたりのお母さんがいると気づいた人は皆無だそうです。靴下の色を知ったとたんにおもむろに色眼鏡を装着して「かわいそう」と叫び出す人の脳味噌こそがかわいそうだってことですね、要するに。
ゲイビーズのためを思うなら、彼らを議論のための「仮定の存在」に仕立て上げることより、直接彼らの声を聞いたり、意見やニーズを世に伝えられる場を用意したりすることの方がよっぽど大事でしょう。その意味で、今回のシドニーの展示には大きな意義があると思います。今後こういう企画がもっと増えていくといいのでは。