旧作のみごとなアップデート
80年代の同名大ヒット映画のリブート作。ケイト・マッキノン演じるキャラ、ホルツマンが素敵すぎて、映画館で失神するかと思いました。スピーディーで笑いに満ちた展開も、テーマの深さと強さも、旧作にひけをとるどころかむしろ勝っていると思います。
ホルツマン! ホルツマン! ホルツマン!
ケイト・マッキノンが本作で演じているのは、エキセントリックなマッド・サイエンティストのジリアン・ホルツマン。黄色いレンズのゴーグルとバイカー・ジャケットがよく似合う彼女は、ゴースト退治用ガジェットの製作から奇妙なダンスに至るまで、常に独自の行動様式を貫き通しています。その常に「わが道を行く」な感じがすんごくコミカルで、かつかっこよくて、特に"Forgot about my new toys."とつぶやいてから二丁拳銃(風の武器)をひっこぬいて戦う場面では映画館の座席の上でこのまま失神または失禁するかと思いました。もう完全に目がハート型になってたと思います。後半のスピーチからうかがい知れる彼女の過去や内面にも引き付けられましたし、もう、ホルツマン! ホルツマン! 大好き!
なぜこの「LGBTニュースと百合レビューの」ブログたるこの場所で本作品の感想を書いているのかというと、ひとえにホルツマンがいるからです。彼女が「ソニーがうるさいため、あるいは同性愛が違法な国でも公開するため公式発表ではレズビアンだともクィアだとも言えないが、どこからどう見てもクィアなキャラ」だということは、一部のレズビアンの間ではすでに常識。詳しくは以下を見てください(英語よ)。
ネタバレが苦手なあたしは先行上映でこの作品を鑑賞してから上記記事を読んだのですけれど、やはり自分の目にもホルツマンはレズビアン(か、少なくともクィアなキャラクタ)であるようにしか見えませんでした。というのは、彼女のあの奇矯な行動パターンは、社会から女性が常に押し付けられる「そんなことをすると男性に好かれませんよ/(男と)結婚できませんよ」という圧力または脅迫を1ナノグラムも気にしていない人のそれだから。リボンもハイヒールもフェミニンなロングヘアも、(本人が望まない限り)彼女には不要だし、偉そうなおっさんの前でブーツをはいた足をドーンと机に乗せちゃったっていいんです、なぜなら彼女は「男性に気に入られるためには控えめに行動すべき」という規範をひとかけらも内面化していないから。
自分がレズビアンに生まれていちばんラッキーだと思っているのは、こういったヘテロ女性向けの圧力から(比較的)自由でいられるということです。男に気に入られたくば馬鹿であれ/非力であれ/控えめであれ等々のプレッシャーに対し、「いや別に男に気に入られる必要ないし」と心の中できっぱり言い返せるというのは大きいですよ。それでもやはり、ホルツマンほど自分を貫ける人というのはめったにいないので、彼女のまぶしいほどの自由さにはほんとに魅了されました。
そもそもホルツマン役のケイト・マッキノンがオープンリー・レズビアンだというところもポイント高いんですよね。SNLでも有名だけど、古くは『ビッグ・ゲイ・スケッチ・ショウ』で『Lの世界』ネタのコントとか演じてた人ですよ、彼女。この役者さんとあの演技で、ヘテロだと解釈しろっていう方が無理というもの。愛してるわホルツマン!
テーマのアップデート
「変人たちがヒーローになる」という基本的テーマは旧作と同じなのですが、このリメイク版ではラスボスキャラ・ローワン(ニール・ケイシー)の造形により、そのテーマが一層深いものになっていると感じました。
旧作のラスボス「ゴーザ」は破壊の神で、人智のあずからぬところからいわば天災のように降りかかってきた存在であり、主役4人は単純に善対悪の戦いをするだけでヒーローになることができました。ところが2016年版でニューヨークを危機に陥れるローワンは、神どころかただのしがない雑役係の男。しかもゴーストに詳しい科学オタクで、経済的に恵まれず、周囲から見下されているという、主人公たちとそっくりな立ち位置の。このローワンとゴーストバスターズたちを分けたものは何だったのかというのが、本作の大きなポイントだと思います。
この問いに対する解は、クライマックスの大渦巻きの場面で明確に示されています。子供時代に「オバケ・ガール("Ghost Girl")」と呼ばれていじめられ、孤立していたエリン(クリステン・ウィグ)もまた、一歩間違えばローワンのようになりかねなかったはず。それでも彼女がそうならなかったのは、ひとえにアビー(メリッサ・マッカーシー)と出会えたから。つまり、お互いを心から大切に思えるバディを得られたです。そのことが、あのシーンのアクションで端的に示されていると自分は感じました。
バディ、あるいは仲間という要素に関してこの映画でもうひとつ重要なのは、美しくてセクシーなこと以外まったく役に立たないおバカ秘書、ケヴィン(クリス・ヘムズワース)の存在です。よくあるブロンド美女キャラのパロディーとして登場する彼は、しかし単純な性的対象物のままでは終わらず、きちんと主人公たちの仲間となるんです。それが読み取れるのは、高いところから墜落したケヴィンを主人公たちが4人がかりで受け止める(あの身長190cmの筋肉の塊を、だよ!)場面でパティ(レスリー・ジョーンズ)が叫ぶ台詞。それから、ケヴィン自身がある場面でサンドイッチを食べながらのんきに言い放つ言葉。つまり彼はただの「目の保養」係でもトロフィー・ボーイでもなく、れっきとしたゴーストバスターズの仲間のひとりなんですよ、あれでも。ええ、あれでも。
なお、エリンがさんざんケヴィンに対して発情しセクハラしても絶対恋仲に進展しないのは、(1)性的対象化に報酬(reward)を発生させず、これは誰が誰に対してやってもアホで失礼で不毛なことであると示すため、そして(2)トロフィーとしての恋人よりバディを得ることの方が大切だということを描き切るためなんじゃないかとあたしは受け取りました。ひょっとしたらあのおバカ設定は、そのためもあってのことだったのでは。エンド・クレジッツでのケヴィンの派手派手しい活躍も、彼は平板な性的客体ではなく個性ある一個人で、ちゃんと居場所も持てるのだと示すためのものなんじゃないかなー。
そんなこんなで、あたしにはローワンはただの単純な「倒すべき悪」だとは到底思えず、「もし彼にもゴーストバスターズたちのような仲間がいたら」と思わざるを得ませんでした。この物語において邪悪なのはローワンというより、あの市長(アンディ・ガルシア)や市長補佐官*1(セシリー・ストロング)が象徴しているような、社会からはじき出された人を黙らせ踏みにじるシステムだと思うんですよ。もしもローワンがせっかくの知識を生かしてエリンたちと組むことができていたら、彼は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でフュリオサたちと共闘したマックスのような存在になりえていたかもしれません。このあたりのあれやこれやが非常に現代的で、旧作との約30年間のギャップを一気に埋めてくれていると感じました。
その他
- よくできた遊園地のアトラクションのような冒頭場面(単純な仕掛けだけど、冗談抜きで心臓が跳ね上がりました)から、サービス精神満点のエンド・クレジッツまで、一瞬たりとも退屈する瞬間がありませんでした。116分もの時間がこんなに早く過ぎてしまうなんて!
- SNLで鍛えた人気女優を集めただけあって、ギャグも質量ともに文句なし。
- この映画を見てレスリー・ジョーンズに文句を言う人がいるだなんて、信じられない! あの中華料理屋の二階での格闘シーンを見てよ!
- カメオの使い方もよかった。「みなさん台詞の少ないチョイ役ぐらいなのかしら」と思ってたのに、全然違ってました。あたしのお気に入りは、ホルツマンととある人がハイファイブを決めるところ。
- そうそう、マシュマロマンも一種のカメオで出てましたよね。あたしは2Dで見たんですが、あれを3Dで見たら大迫力だろうなあ。ある伏線を使ってこの展開にきれいにオチをつけてから、マシュマロマン的な存在を今度はあれにやらせるという二段構えにも唸らされました。
- カメオの使い方以外でも、要所要所で旧作への愛と敬意をしみじみと感じました。ここぞというタイミングであの懐かしいテーマ曲がかかるところといい、コロンビア大学のあの像から入っていく場面といい。
- 旧作への愛のみならず、80年代近辺のカルチャー全般への愛も感じました。あのパトリック・スウェイジネタのギャグとかね。
- ゴーストバスターズ4人のキャラ立ての巧みさにかけては、旧作を上回ったと言えるのでは。エリンの服装の変化で彼女の成長を視覚化するところなど、うまいものです。
- ガジェットや戦闘の描き方も、旧作よりスタイリッシュでした。プロトン・パックを車からスライド式引き出しでガシャッと引っ張り出す場面なんて、何度見てもワクワクさせられます。
- ちょっぴり残念だったのは、旧作から約30年たっても黒人はまだ科学者になれていないということ。観客への説明の都合で、エリンたちの理論を聞く役回りのキャラや、ニューヨークの歴史に詳しい人が必要だというのはわかるんですが、もうちょっと何か工夫があってもよかったかも。ただ、パティは頭が良くて気さくで強くて大変いいキャラなので、このキャスティング自体が差別的だとは自分は思わなかったです。
まとめ
とにかくホルツマンが素晴らしかったので、みんな見てください。ホルツマン以外に関しても、テーマといいシナリオといい役者といい、これほど質の高いリブート作品も珍しいと思うわ。旧作ファンのミソジニストが映画を見もしないうちから荒らし行為に精を出しているようですが、エンタメ界で太古の昔からおこなわれてきた「この物語を現代の視点から解釈・演出するとどうなるか」という試みを作品も見ずに否定するなど、愚の骨頂だと思います。バーンスタインとソンドハイムが『ロミオとジュリエット』から『ウエストサイド物語』を作り、ガス・ヴァン・サントが『ヘンリー4世』から『マイ・プライベート・アイダホ』を作ったように、ポール・フェイグ監督は『ゴーストバスターズ(1984年)』から『ゴーストバスターズ(2016年)』を作ったんですよ、そりゃもう完璧に。
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*1:最初は市長の秘書かと思い、次は「国家保安庁の人なんだろうか?」とも思ったこの役ですが、ノベライゼーションを読んだら"Mayor's assistant"(市長補佐官)だと説明されていたので、この表記にしておきます。