前回の感想でアレックスについて、「今後彼女の恋の行方がどうなるにせよ、彼女はクィアなキャラとして描かれていくのでは」と書きました。今後も何も、今回早くも腰が抜けそうな急展開が来ましたよ! レズビアン・フィクション史に必ずや残るよこの回は。
Autostraddleによるこの回のリキャップは以下をどうぞ。(リンク先ネタバレあり)
“Supergirl” Episode 205 Recap: Welcome To The Team, Danvers! | Autostraddle
一応ここまでのおさらいをしておくと、このドラマはスーパーマンのいとこ「スーパーガール(地球での名前はカーラ・ダンバース)」(メリッサ・ブノワ*1)を主人公とするヒーローもので、2016年の今、米国ではシーズン2が放映&ネット配信されています。うちでは米国のiTunes Storeで購入したものを視聴しています。この第2シーズンからDCコミックのクィア女性キャラ、マギー・ソーヤー刑事(フロリアナ・リマ)が登場しており、ファンガールの間では、スーパーガールの義理の姉で地球人のアレックス・ダンバース(カイラー・リー)が、このマギーと恋仲になるのではないかという噂が飛び交っていました。前回(S2E4)までの時点では、その予想は当たらずとも言えども遠からずといった感じで、個人的にはてっきりこの状態でファンをやきもきさせながら来シーズンまで引っ張る作戦だろうと思ってたんですが。
……ええ、わたくしが完全に間違っておりました。来シーズンまで引っ張るどころか、早くも今回、レズビアン・ロマンスがごうごう音を立てて燃え盛ってるよ!! 「フルマラソンだと思ってたら、実はオリンピック100m走決勝戦だった」ぐらいに意表を突かれまくる超ハイスピード展開だよ!!
具体的に今回何があったかというと、アレックスが早くも自分がゲイだということに気づいて、マギーに対して直接カミングアウト(と、実質的な愛の告白)をするんです。ここでの長台詞による内面吐露の場面は見ごたえばつぐんで、100点満点で200万点ぐらい、いやもっと謹呈したいほど。アレックス役のカイラー・リーは『グレイズ・アナトミー』のレキシー役でもずっと見ていたはずなのに、ここまでの演技派だとは正直気づいていませんでした。自分の目の節穴っぷりを真剣に恥じましたよ、あたしは。
念のために言っておくと、いくらカミングアウトの場面だからって、"I'm gay."とか"I love you."とか、そんな日本の中学生でも思いつきそうな単純な台詞はひとつも使わないんですよこのドラマ。もっとこまやかで婉曲的な言い回しとキャラの表情をきちんと絡ませて、そこにもともとのキャラの性格も反映させて、いかにも本当にありそうなカミングアウトの場面をつくりあげているんです。おまけに前世紀の遺物のような自虐的ホモフォビアは一切持ち込まれず、そこにあるのはただ「ある人が、自分の真実に対して誠実であろうとする姿」だけ。新鮮でしたよこれは。カミングアウトって、こんな風にも描けるんだ。こんな風に描ける時代が、ようやく来たんだ。
このシークエンスを見終わった後、興奮のあまりまるでローラーコースターを降りた直後のように――いや、むしろローラーコースターが長い上り坂から下りに転じる瞬間のように心臓がバクバクして、手足に力が入らず、冗談抜きでしばらく立ち上がれなかったと言えば、これがどれだけインパクトのある描写だったか伝わるでしょうか。もうね、今後レズビアン・フィクションの歴史の年表をつくるときには、必ずや「2016年、アレックス・ダンバースがカミングアウト」と大書されること間違いなしですよ。1991年の『L.A.ロー』のプライムタイム初のレズビアン・キスと同じぐらいヒストリカルな偉業だと言い切っちゃっていいと思うわこれは。
カミングアウトに至るまでの流れも、よく考えられていたと思います。前半でのマギーとの会話でも、その後のカーラとのやりとりでも、アレックスの台詞は常に複層的で、彼女の本心を暗示するような工夫がなされていましたし、ドーナツなどの小道具の生かし方もみごとでした。まだ自分がゲイだという自覚がない時点でのアレックスの、「おまえはキャロル・エアードかっ!?」と突っ込みたくなるほど前へ前へと出ていくアグレッシブな(かつ、ほほえましい)口説き方や、ほとんど全部お見通しであるらしきマギーさんの余裕っぷりも、すばらしいのひとこと。いちレズビアンの視点からすると、このふたりのどちらの立場も心境もいちいちわかりすぎるほどわかるので、「なぜああいうときのあの感情を、ここまであざやかに再現できるんだろう」と終始驚嘆しっぱなしでしたよ。まったく、キャストもクルーも天才かよ、このドラマ。
そして、ドラマ自体のクオリティに加えて、このS2E5でいっそうすばらしいのは、この回について報じたHollywood Reporterの記事に寄せられた以下のコメントでした。書き手は、13歳の娘さんをお持ちのお母さん。
夫とわたしはふたりの娘といっしょにスーパーガールを見てました。アレックスがカミングアウトしようとしたとき、下の娘(13歳)が泣き出しました。そのことについて話したい気持ちはあるかと尋ねると、娘はわたしに「ああいう風に思ってもいいの?」と聞いたんです……
それでわたしは泣き出し、夫も泣き出しました。全部、幸せの涙で(わたし自身に関しては、自分に対する落胆の涙も混じってましたが。娘にはこれがよくないことでありうるのだなんて思いもよらずにいてほしかったのに、そんな風に思わせてしまったのは、わたしが至らなかったせいなんですから)、たいへんな騒ぎでした。すばらしい騒ぎでしたよ! スーパーガールがこのストーリーラインを進みつつあることを、とても、とても、とてもうれしく思います。おかげで家族でこの会話ができて、とてもよかったです! うちの娘たちに、この尊敬できる登場人物たちがいてくれてよかった!(それに実のところ、わたしは最初からアレックスはそうなのではないかと思ってたんです。すごく納得のいく展開でしたよ!)
My husband and I watch Supergirl with our two young daughters. My youngest (13) started crying when Alex was trying to come out, I asked her if she wanted to talk about it. "Is it okay that I feel like that too?" she asked me...
Then I started crying, my husband started crying, all happy tears (and some disappointed tears for myself, for not doing enough that she could even think of the possibility that it wouldn't be okay), it was a mess. A beautiful one! I'm so happy, SO SO happy that Supergirl is taking this storyline on! So happy it opened this conversation for us! So happy my daughters have these characters to look up to! (And honestly, I've always suspected Alex from the beginning anyway! This makes perfect sense for her!)
つまりね、女の子が好きな13歳の女の子が、このドラマのおかげで初めて自分を肯定できて、親にもそれを言えたってことなんです。察するところとてもゲイ・フレンドリーであるらしき親御さんなのに、それでも言えなくて苦しんでいた子が、『スーパーガール』のおかげで救われたんです。その子の痛みと苦しみを、あたしは知っています。だからこそ、今このようなドラマが作られて、誰でも見られるTVというメディアで放映されていることの意味を、いっそう強く噛みしめています。あたしが若い世代に手渡したいのはこの世界、マイノリティの子供たちが「自分はマジョリティと違っていてもOKで、大切な存在なんだ」と思える世界です。おりしも今日は2016年の米大統領選で、マイノリティにとってはおそらく最悪の結果になったけれど――そして実を言うと、日本にいる自分でさえ、昨夜『スーパーガール』を見て浮かれていた気持ちから、一気に奈落の底へと突き落とされて後頭部を泥足で踏まれた気持ちになったけれど、凹んでいる場合じゃありません。立ち上がらなければ。胸を張って顔を上げて、"It IS okay that you feel like that too."と言い続けなければ、と今切実に思っています。
最後におまけ。カイラー・リーの公式Instagramより、シップネーム"Sanvers"(『ソーヤー』と『ダンバース』の名前を合わせたカップリング名)の写真をどうぞ。
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*1:メリッサの姓の"Benoist"は、英語圏では「ベノイスト」と発音されています。が、日本の『スーパーガール』放映局の公式サイトやシーズン1のDVD-BOXなどのカタカナ表記では、フランス語読みの「ブノワ」になっています。とりあえず当ブログでは「ブノワ」表記で統一します。